第41話:灯火の誓いと、未完の要塞
広大な洋館に、初めての夜が静かに降りてきた。エントランスホールの中央に置かれた数少ない魔法照明が、高い天井へと長く不気味な影を落としている。ドランの店から運び込んだ使い古されたソファに並んで座ると、館を満たす静寂が、昨日までの路地裏の喧騒を遠い昔の出来事のように感じさせた。
「……静かですね、アドルさん」
ミーシャが膝を抱え、小さく呟いた。その声は広いホールに微かに反響し、夜の深さをより一層際立たせる。俺は膝の上で広げていた図面をゆっくりと閉じ、隣に座る大切なパートナーへと向き直った。
「ああ。これからはここが、俺たちの拠点だ。……ミーシャ、今後の進め方について、今のうちに意識を合わせておきたい」
俺は今後の指針を整理するように、一つ一つ言葉を選びながら彼女に語りかけた。
「改修については、焦らず外観を大きく変えない範囲で進めていくつもりだ。一気に豪華な館へと変貌させれば、領主ヴァルゴスやギルドの疑念を招きかねないからな。まずは内部の構造強化と、俺たちの生活基盤を最優先にしよう。そして君は予定通り、2日に1回ドランさんの元へ通ってくれ。先日の戦いで覚醒した二重螺旋詠唱こそが、この拠点を守るための最大の要になる。俺が改修に必要な素材集めに動いている間、君にはその牙を研ぎ続けてほしいんだ」
ミーシャが真剣な表情で頷くのを見届け、俺はさらに続けた。
「それとお金、経済的な自立も急ぎたい。今回、ドランさんが工面してくれた金貨の重みを忘れてはいけないからな。いつまでも彼の庇護下に甘んじているわけにはいかないし、俺たちは自力で稼いで、彼にしっかり恩返しをする必要がある。この拠点が形になったら、いよいよ冒険者ギルドでのダンジョン探索と、商業ギルドでの本格的な取引を開始する。この両輪を回すことが、俺たちが本当の意味でリュステリアの住人になるための最短ルートだと思っているよ」
「……そうですね。ドランさんの優しさに甘えっぱなしでは、いつまでも彼の『子供』のままですから。自分の足で立ち、彼を支えられるようにならないと」
ミーシャの瞳に、揺るぎない決意の光が宿る。俺はその頼もしい横顔を見つめ、最後に最も深刻な懸念を口にした。
「あと……黒犬だ。奴らの動向には、これまで以上に警戒を払おう。奴らが、一度の敗北で引き下がるとは思えない。この館を改修する目的の半分は、奴らを迎え撃つための、そして君を絶対に守り抜くための要塞にするためでもあるんだ」
「分かってます。……次は、もっとうまく立ち回ってみせます。あの日、アドルさんに助けられた時の情けなさを、もう二度と繰り返したくないから」
ミーシャは自分の掌をじっと見つめ、魔力の感触を確かめるように指を曲げた。夜の冷気が、まだ隙間の多い窓からわずかに忍び込んでくる。豪華な城と呼ぶにはまだ程遠く、内装のほとんどは廃墟の面影を残したままだ。しかし、俺たちの胸には、明日から積み上げていく未来への確かな設計図が描かれていた。
「それじゃあ、今日はもう休もう。明日は朝から素材の調達と、地下工房の基礎工事を始めるぞ」
「はい。おやすみなさい、アドルさん」
俺たちは自分たちで整えた仮の寝室へと向かった。窓の外、暗闇に沈む庭園の向こうでは、まだ見ぬ敵が息を潜めているかもしれない。




