第34話:鋼の研磨と、連撃の閃き
朝の冷気が石造りの街並みに居残り、吐く息が白く揺れる中、俺は冒険者ギルド「リュステリア支部」の重厚な扉を押し開けた。
早朝にもかかわらず、場内には野心と焦燥が入り混じった独特の熱気が立ち込めている。俺は迷いのない足取りで受付へと向かった。
「おはようございます、カミラさん。昨日紹介していただいたモルガンさんですが……非常に個性的ではあったものの、こちらの事情を汲んだ良い物件を案内してもらえました。感謝します」
カウンター越しに、俺はいつものように冷静なカミラに深く頭を下げた。彼女は膨大な書類の山から一瞬だけ顔を上げ、事務的な仮面を維持しながらも、その口元にだけは、微かな、雪解けのような微笑を浮かべた。
「お役に立てたのなら何よりです。……さて、アドルさん。本日は昇格への本格的な追い込みですね?」
「ええ。効率よく E ランクへ上がるための、最短かつ確実なルートを教えてもらえますか」
カミラは手際よく数枚の依頼書を選び出し、カウンターの上に扇状に並べた。
「森の入り口の害獣駆除(ホーンラビット討伐)」
「街道を脅かす牙狼の討伐(フォレストウルフ討伐)」
「まずはこの二つの討伐依頼を並行して受領してください。出現ルートが重複しています。これらを完遂すれば、あなたの実績ポイントは E ランク昇格試験の受講資格に達します。……ただ、アドルさん。昇格には、ギルドが指定する『昇格試験』の突破が必須となります。内容は実戦、つまり指定された上位モンスターの討伐です」
「実力を見せるには、それが一番手っ取り早いですね。受けて立ちます」
俺は依頼書を掴み取ると、踵を返してギルドを後にした。
◇
街の外、深い緑が深淵のように広がる「始まりの森」の境界線。
俺はドランから借り受けた長剣を抜き放ち、朝露を含んだ空気の中で軽く素振りを繰り返した。
(……体が、鈍っているな)
かつての世界で中間管理職として、ディスプレイの文字と数字に追われていた頃の「肩が凝り固まる感覚」に似ている。頭脳は情報の並列処理に慣れているが、前衛としての肉体の「キレ」が、まだ魂の反応速度に追いついていない。
ガサリ、と後方の茂みが不自然に揺れた。現れたのは、額に鋭利な一本の角を持つ獰猛なウサギ、ホーンラビットが三体。
「……まずは小手調べだ。リハビリには丁度いい」
俺は地を蹴った。
一体目が角を槍のように突き出し、小柄な体躯からは想像もつかない弾丸のような速度で突進してくる。俺はそれを最小限のステップで見切り、剣の腹で受け流しながら、すれ違いざまにその喉元を無慈悲に切り裂いた。
だが、二体目、三体目の連携が予想以上に鋭い。一体を仕留めた直後の、筋肉が弛緩する「硬直」を狙い、左右から死角を突いて同時に跳んでくる。
「……っ!」
強引に剣を引き戻し、強引な横薙ぎの一閃。二体目を空中で叩き落としたが、三体目の角が俺の二の腕をかすめ、厚手の旅装を引き裂いた。
(遅い。一撃を放った後に、コンマ数秒の『空白の間』ができている。これを詰めない限り、多対一の乱戦では命取りになるな)
俺はあえて、血の匂いを振りまきながら森の奥へと進んだ。狙うは本日の本命、フォレストウルフの群れだ。
木々の間から、地を這うような低い唸り声が響く。周囲の闇から染み出すように現れたのは、五体のウルフ。
俺は剣を中段に構え、深く長い呼吸で心拍数を一定に保つ。錬金術師としての【鑑定眼】をフル稼働させ、ウルフたちの筋肉の収縮、重心の微細な移動を、フレーム単位で観察し、予測する。
一斉に三体が、牙を剥いて襲いかかってきた。
俺は鋭く一歩踏み込み、正面の一体を一刀両断する。だが、ここからが本番だ。一体目の骨肉を断った瞬間の遠心力を殺さず、腰の回転を無理やり逆方向へ捻り出す。
(ビジネスの工数管理も、極限の戦闘も本質は同じだ。一つのタスクを完了してから次へ移るんじゃない。……『並列処理』を、物理的な破壊現象として体現しろ!)
一撃目の「終わり」を、そのまま二撃目の「始まり」へと接続する。
剣筋が大きな円を描くのではなく、最短距離を往復する鋭利な「直線」へと変貌する。
ガキィィン!!
空中で交差する牙と鋼。俺の剣が、一体目を斬り裂いた直後の軌道から、物理法則を無視したような加速を伴って、二体目の眉間を的確に撃ち抜いた。
【スキル習得:ダブルアタック】
同一の対象、あるいは近接する対象に対し、予備動作なしで二撃目を繰り出す瞬発連撃技。
脳内で、パズルの最後のピースが噛み合ったような冷徹な感覚があった。
続けざまに襲いかかる残りのウルフ。俺の剣は、もはや一太刀では止まらない。
シュッ、シュッ! という鋭い断裂音が重なり、二つの斬撃がほぼ同時に空を切り裂き、ウルフの首を飛ばす。
最後の一体、リーダー格のウルフが、仲間が一瞬で屠られる光景に恐怖を抱き、顔を歪めて森の奥へ逃げ出した。俺は深追いせず、仕留めた魔物たちの証拠品を淡々と回収した。
剣技の上達、そして実戦によるスキルの開花。確かな手応えを掌に残しながら、俺はギルドへと戻った。
◇
「……戻られましたか。早いですね。それにこの傷口、以前よりも無駄な力が抜けています。素晴らしい成長速度です」
カミラが感心したように、あるいは安堵したように俺を見上げた。彼女は手元の台帳に手際よくスタンプを押し、一枚の、特別な紋章が施された依頼書を差し出した。
「実績ノルマ、達成です。……アドルさん、これが E ランクへの昇格試験、指定討伐モンスターのリストです。この三つの中から一つを選択し、完遂してください」
カミラが提示した試験内容の案は、以下の三つだった。
「森の暴君」:森の深部に君臨する大型のグレートボア。山を削るような突進力と、圧倒的な生命力が特徴。
「影の潜伏者」:廃村に巣食うシャドウ・クロウ。闇に溶け込む素早さと、神経を麻痺させる毒の爪を持つ。
「鋼の粘生体」:物理攻撃が極めて効きにくい大型のメタル・スライム(変異種)。核を一撃で正確に貫く超高精度の技術が求められる。
「どれを選びますか? 試験官が同行し、あなたの戦闘技術と判断力を厳正に評価します」
俺はリストを眺め、自らが手に入れた新しい「連撃の閃き」を試すのに、最も適した獲物を見定めた。




