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第31話:偽装の休日と、未来の礎

夜、カミラからの秘匿された警告を胸に店へと戻った俺は、すぐにドランとミーシャを呼び出し、緊急の作戦会議を開くことにした。ひのき風呂の清々しい香りが微かに残る居間で、俺たちは灯火を落とし、低い声で言葉を交わした。

「……すまないな、二人とも。俺の過去の因縁に、お前たちを深々と巻き込んじまった。狙いは間違いなく俺のはずだが、何の罪もないお前たちまで『黒犬』の目に晒されることになるとは」

ドランが絞り出すような声で言い、苦渋に満ちた表情で深く頭を下げた。かつての英雄としての誇り、そして何より家族を奪われた消えない痛みを抱える彼にとって、俺たちという「新しい希望」が再び理不尽な危機に瀕することは、何よりも耐え難いことなのだろう。

「ドランさん、顔を上げてください。謝る必要なんてどこにもありませんよ。俺たちは誰に強制されたわけでもなく、自分たちの意志でここにいる『共犯者』なんです」

俺はドランの謝罪を遮るように首を振り、あえて明るいトーンで続けた。

「それに、なんとなくですが、ずっとこの店に三人で固まっているのも戦術的に良くない気がします。敵に狙いを絞らせないためにも、少しずつ生活の範囲を外に広げ、この街の風景に溶け込むべきでしょう。……というわけで、明日は休暇を貰います。ミーシャと二人で、この街の物件を見に行こうと思うんです」

「家、ですか?」

ミーシャが驚いたように、瞬きを繰り返した。

「ああ。正直、蓄えはまだ全然足りないけど、いつまでもこの店に甘えているわけにはいかないからな。自分たちの家、そしていつかは自分たちの店を持つ。それを『妄想』ではなく具体的な目標にしたいんだ。ゴールが明確になれば、今の君の過酷な修行も、俺の地味な薬草採取も、もっと身が入るだろ?」

「……あぁ。それはいい考えだ。自分の城を持つってのは、男にとっても女にとっても、精神的な拠り所が全然違ってくる。この街で『生きていく』っていう覚悟の証明にもなるしな」

ドランが少しだけ表情を和らげ、力強く頷いた。

「だが、街を歩く時は一瞬たりとも気を抜くなよ。密偵の連中は、お前たちのわずかな『隙』をハイエナのように狙っている。特にミーシャの存在が公に出る以上、奴らはあの手この手で揺さぶりをかけてくるはずだ」

「分かっています。細心の注意を払い、ただの仲睦まじい新米コンビを演じきりますよ」

翌日。俺は修行着から少しマシな旅装に着替えたミーシャを連れ、再び冒険者ギルドへと向かった。

連日の「脳が焼ける」ような二重螺旋詠唱の修行で鍛えられた彼女は、以前よりも魔力の制御が洗練され、その佇まいにはどこか凛とした、折れない芯の強さが備わっていた。

ギルドの喧騒の中、俺はカミラの受付へと向かった。彼女の隣に他の職員がいないタイミングを慎重に見計らい、俺は彼女に声をかけた。

「カミラさん。……今日は、俺の大切なパートナーを紹介させてください。ミーシャです」

カミラは一瞬、事務的な仮面の下で驚いたように目を見開いたが、すぐにいつもの落ち着いた表情を取り戻した。

「……初めまして、ミーシャさん。アドルさんの目覚ましい活躍は伺っています。……噂通りの、素敵な方ですね」

「初めまして、カミラさん。アドルさんがいつもお世話になっています。……本当にありがとうございます」

ミーシャが丁寧に頭を下げる。カミラはミーシャの瞳の奥に宿る「揺るぎない意志」を敏感に感じ取ったようで、わずかに、本当にわずかに微笑んだ。信用に値する数少ない相手にミーシャを引き合わせられたことに、俺は深い安堵を覚えた。

「カミラさん、実は少し私的な相談があるんです。……この街で、将来的に腰を据えるための家を探したいんですが、信頼できる仲介屋はいますか? 欲を言えば、あまり表に出ない複雑な事情にも明るいような……」

俺の意図を察したカミラは、手際よく一枚のメモを書き上げ、滑り込ませるようにこちらに差し出した。

「それなら、この方を訪ねてください。……少々、癖の強い方ですが、その腕と情報網は確かです。悪い人ではありませんが、交渉の際は決して主導権を渡さないよう、気を付けてくださいね」

メモには、流麗な文字で『不動産商・モルガン』と記されていた。

「ありがとうございます。……それともう一点、冒険者としての確認を。ダンジョンについてです。以前、ランクD以上が望ましいというお話を伺いましたが、俺とミーシャの二人パーティーなら、現実的にどのランクから挑戦可能でしょうか?」

カミラは少し考え込むように、白く細い指先を顎に当てた。

「ギルドの公式な規定では、低層階への立ち入りに厳格な制限はありません。ですが、二人という極めてリスクの高い少人数での安全を考慮するなら、やはり客観的な実力としてランクD程度は欲しいところです。……ただ、ドラン様の薫陶を受けているあなたたちなら、ランクEの後半あたりで、一度『下見』として浅瀬へ行ってみるのも手かもしれません。そこで自分の現在地を肌で確認するのは、何よりの教育になりますから」

カミラの助言は、常に冷徹なまでに的確で、それでいて俺たちの生存を第一に考えてくれている。俺は改めて彼女に感謝を伝え、メモを頼りに、商都の奥深くに潜む「変わった仲介屋」の元へと向かうべく、ミーシャの手を取った。

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