第23話:ギルドの門と、鋼の機転
ドランの店を後にし、俺は一人、商都の権力の象徴ともいえる冒険者ギルド「リュステリア支部」へと足を向けた。背中には、ドランが「錆よけくらいはしてある」と無造作に寄越した長剣を背負っている。手に馴染む感触はあるが、長年実戦から遠ざかっていた主人の下で眠っていたせいか、どこか寂しげな重みを感じさせた。
二階の「城」では今頃、ミーシャがドランの厳しい監視の下、魔力操作の基礎に心血を注いでいるはずだ。「アドルさんだけに負担をかけたくない」――そう言った彼女の瞳に宿っていた覚悟は、生半可なものではなかった。現在の Lv. 9 という数値に甘んじることなく、彼女は自らの足で立とうとしている。ならば、俺もここで立ち止まってはいられない。
街の中央を貫く大通りを抜けると、威圧感のある石造りの建物が姿を現した。掲げられた紋章は剣と盾。かつては誇り高き冒険者たちの寄る辺だったはずの場所だが、石材の隙間にこびりついた煤け(すすけ)が、この街の腐敗を象徴しているように見えてならない。
中に入ると、立ち込めるのは汗と鉄の臭い、そしてそれ以上に鼻をつく「金」の臭いだった。
「はい次、登録料は銀貨十枚だ。不服があるなら他所へ行きな」
受付の奥では、指にいくつもの派手な宝石を嵌めた職員が、新米らしき若者を高圧的にあしらっていた。正規の登録料を遥かに上回る、露骨な「上乗せ」だ。その過剰分が誰の懐に消えるかは、この組織の淀んだ空気を見れば明白だった。
俺が列に並んでいると、隣の受付で事務的に、けれど丁寧に応対している一人の女性職員が目に留まった。彼女は周囲の喧騒や同僚の汚行に眉一つ動かすことなく、淡々と書類を捌いている。機能的にまとめられた髪と、一点の曇りもない眼鏡。名札には「カミラ」と記されていた。
「……次の方、どうぞ」
順番が回ってきた。俺はカミラの前に立ち、ドランから預かった、古い封蝋の付いた書状を無言で差し出した。
「登録を希望します。保証人はこちらの方です」
カミラは怪訝そうに封を切り、中身に目を通した。その瞬間、彼女の細い指先が、微かだが明確に震えた。
「……これは。……少し、お待ちください」
彼女は背後の奥まった部屋へと消えた。数分後、戻ってきた彼女の隣には、先ほどまでふんぞり返っていた高圧的な職員も並んでいた。彼の顔は引きつり、額には嫌な脂汗が浮かんでいる。
「お、おい……お前、本当にあの『ドラン』の弟子なのか? あの路地裏の酔いどれが、こんな推薦状を書くはずが……」
周囲にいた冒険者たちの視線が一斉に俺に突き刺さる。二十年の空白があってもなお、「ドラン」という名は、この街では毒か、あるいは逃れられぬ呪いのような響きを保っているらしい。
「ドラン師匠は、俺の資質を認めてくださいました。何か問題でも?」
俺が現代社会で培った、感情を排した「冷徹な対応」を見せると、高圧的な職員は言葉を詰まらせた。カミラがそれを遮るように、凛とした態度で一歩前に出る。
「書類に不備はありません。……ですが、特級賢者の推薦とはいえ、実技試験を免除することは規約上不可能です。よろしいですね?」
「望むところだ。俺の力を、正当に評価してくれ」
◇
実技試験の会場は、ギルドの裏手にある広大な練兵場だった。
試験官として現れたのは、重厚なフルプレートメイルに身を包んだ、ガリックという名のベテラン冒険者だ。その体躯から放たれる威圧感は、並の魔物よりも遥かに重い。
「ドランの弟子、か。魔法使いだと思ったが、剣士として受けるんだな」
「ええ。諸事情で、今は剣を頼りにしています」
俺はあえて剣士として登録することを選んだ。俺の【複製錬金】は、この世界において秘匿すべき絶対の切り札だ。表向きは「魔法も少しは使える前衛」として振る舞う方が、後の隠れ蓑として都合が良い。
「いいだろう。俺の打ち込みを三十分間凌ぎきるか、一撃でも俺の鎧に傷をつけてみせろ。それで合格だ」
ガリックが巨大な木剣を構える。その圧力は凄まじく、空気が物理的に重くなったように感じられた。元・組織人として培った「観察眼」をフル稼働させても、正面から力で受ければ一撃で沈められる未来しか見えない。
俺はドランから借りた長剣を構えた。鑑定によれば、この剣は「品質C」を保っているが、内部の構造は経年劣化で脆くなっている。ガリックの剛剣を受ければ、二、三回でへし折れるだろう。
(……ミーシャと離れている今は、異空間の共有はできない。だが、予備の素材なら用意してある)
俺は腰のポーチに忍ばせた「鉄の端材」の感触を確かめた。この質量と素材分だけ、俺は剣を内側から「再構築」できる。
「行くぞ!」
ガリックが地を蹴った。疾風のような一撃が頭上から降り注ぐ。俺は紙一重でそれをかわし、木剣の腹に自分の剣を添えて受け流した。だが、それだけで手に持った長剣の芯から「ミシリ」と不吉な、断絶の予兆が響く。
(あと一撃。次でこの剣は死ぬ)
ガリックの追撃。今度は回避不能な、鋭い横薙ぎだ。俺は剣を縦に構えて盾代わりにする。その瞬間、思考の速度でスキルを起動した。
【複製錬金:実行】
ガリックの木剣が俺の剣に激突した。凄まじい衝撃が全身を襲う。本来ならここで剣は真っ二つに砕け散り、俺は無防備に吹き飛ばされていたはずだ。だが、衝撃が走ったその刹那、俺はポーチの中の鉄を消費し、折れかけた剣の内部に同質の素材を「複製」して流し込んだ。
カッ!!
澄んだ金属音が響き、弾け飛んだのはガリックの方だった。
「……何だと!?」
ガリックが驚愕の声を上げる。彼の目には、俺が絶妙な「魔力強化」で剣の強度を一瞬だけ跳ね上げ、カウンターを合わせたように見えたはずだ。しかし実際には、俺は壊れるそばから剣を複製し続け、常に新品、あるいはそれ以上の密度を持つ鋼として一瞬で再構築し続けていたのだ。
「……ふぅ。まだ時間はありますよ、試験官。次も受けて立ちます」
俺は涼しい顔で剣を構え直した。剣の表面には傷一つなく、むしろ打ち込まれる前よりも鈍い光沢を放っている。その後も、ガリックの猛攻を俺は「折れない剣」で凌ぎ続けた。時にはわざと剣を打ち付けさせ、その衝撃を逆利用してガリックの体勢を崩す。周囲で見守っていた冒険者たちからも、ざわめきが上がり始めた。
「……そこまでだ」
ガリックが剣を引いた。彼の息はわずかに乱れているが、その表情には清々しい、戦士としての敬意が浮かんでいた。
「……魔法剣士か、あるいは超一流の研ぎ師か。どちらにせよ、その若さで己の得物をこれほどまでに信じ切れる奴は珍しい。合格だ」
俺は静かに剣を納めた。結局、一度も錬金術そのものを「見せる」ことなく、俺は実技試験を突破してみせた。
◇
ギルドの受付に戻ると、カミラが俺を待っていた。彼女は周囲の同僚――特にあの高圧的な男を牽制するように、俺にだけ聞こえる低い、けれど信頼の籠もった声で言った。
「おめでとうございます、アドルさん。……今のギルドは、ドラン様の頃とは変わってしまいました。ですが、私は……あなたの戦いを見て、少しだけ、この街に希望を感じました」
彼女が恭しく差し出してきたのは、鈍い銀色に光る身分証――冒険者タグだった。
「カミラさん、感謝します。……この街にも、あなたのような誇り高い職員が残っていて良かった」
俺がそう告げると、彼女は一瞬だけ驚いたように目を見開き、それから小さく、本当に小さく微笑んだ。初めて手に入れた、この世界での「市民権」。
俺は銀のタグを強く握りしめ、ミーシャとドランが待つ「城」への道を急いだ。リュステリアの暗い雲の隙間から、少しだけ陽光が差し込んだような気がした。




