第22話:賢者の知略と、共犯者の盟約
俺たちが「異世界からの転生者」であることを打ち明けると、ドランは長い間、深い沈黙に身を沈めた。お茶から立ち上る白く細い湯気が、彫刻のように動かない彼の顔をゆっくりと撫でていく。
「……別の世界、か。あまりに突飛で信じがたい話だが、あの『幻銀』の奇跡をこの目で見た後じゃ、否定する方が難しいな」
やがてドランは重い瞼を開いた。その瞳には、酒の濁りなど微塵も残っていない。真実を射抜く大賢者としての鋭い光が、俺とミーシャを真っ直ぐに捉えていた。
「いいか、アドル。お前の持つ**【複製錬金】**という権能は、この世界の錬金術の根底を根こそぎ覆しかねない劇薬だ。通常、こちらの錬金術とは、膨大な数式を解き、途方もない時間をかけて素材を変質させる。それを一瞬で、しかも『上振れ』なんていうふざけた確率論で品質まで引き上げちまうなんて……そんなこと、口が裂けても他人に言うんじゃねえぞ」
ドランは、俺の持つ規格外の力をこの世界の魔法理論に無理やり当てはめ、カモフラージュするための「解釈」を授けてくれた。
俺のスキルは、今後人前では「複製錬金」ではなく、**『等価等質錬金』**と名乗ること。失われた古代技法の一つであり、同質の素材を触媒として用いることで、精錬工程を極限まで短縮する技術……という建前だ。これならば、周囲には「異常に腕の良い職人」という枠組みで納得させられるだろう。
そして、俺たちの不自然な生い立ちについても、ドランは完璧な筋書きを用意してくれた。俺たちは、彼がかつて表舞台から放逐される前に、人里離れた辺境の地で密かに育てていた「秘蔵の弟子」だという設定だ。
俺の窮地を聞きつけて駆けつけたことにすれば、ドラン自身が身元保証人になれるし、俺たちが時折見せるこの世界の常識外の知識も、「大賢者の直伝」という言葉一つで説明がつく。
◇
ドランは次に、隣で一言も漏らさぬよう真剣に話を聞いていたミーシャへと視線を向けた。
「お嬢さん、あんたの収納術も、外で不用意に使えばすぐに権力者の目に留まる。この街は今、身分証を持たねえ者には呼吸することさえ許さねえ。……ミーシャのギルド登録が完全に終わるまでは、決して店から出るな。その代わり、この店の中で俺が直接『稽古』をつけてやる」
ドランは、ミーシャの内に眠る魔導士としての天賦の資質を見抜いたようだった。
「あんたの魔力操作はまだ荒削りだが、筋は悪くない。いつか本格的にダンジョンに潜るつもりなら、今のウインドカッター一つじゃ話にならねえぞ。俺の目が届く範囲なら、どんな魔法の修練をしていようと俺が『教えている』と言えば済む。アドルが身分証を持って帰ってくるまでに、実戦に耐えうる魔法のレパートリーを叩き込んでやる」
ミーシャは、覚悟を決めたように力強く、けれどどこか嬉しそうに頷いた。
「お願いします、ドランさん。……私は、アドルさんだけに頼り切りたくないんです。自分の身は自分で、そしていつか……アドルさんの背中を預けてもらえるくらい、強くなりたいから」
◇
一通りの戦略を練り終えると、ドランは使い込まれた椅子に深く寄りかかり、煤けた窓の外を眺めた。
「……アドル、ミーシャ。この街は確かに腐りきっている。だがな、全員が腐り果てているわけじゃねえ。表立って声を上げられないだけで、現状の狂ったルールに疑問を持ってる奴らは割といるんだ。そういう奴らを見つけて味方につけてみろ。それが、お前たちが望む安寧な暮らしへの一番の近道になるはずだ」
ドランはそこまで言うと、少しだけ照れくさそうに視線を逸らした。
「……俺は、もう派手に表へ出るつもりはねえ。だが、もうこのまま腐り続けるつもりもねえ。自分のやれる範囲で、この街の澱んだ闇を暴いてやろうと思っている。……もし、お前たちと利害が一致したなら、力を貸してほしい時があるかもしれない。だが勘違いするなよ。お前たちを巻き込みたいわけでも、利用したいわけでもねえ。これは俺の戦いだ。……ただ、お互いがお互いの目的のために助け合う。そんな関係でいられたら、俺は嬉しい。……どうだ?」
ドランが差し出した手は、二十年前の栄光と、その後の長い絶望を乗り越えた、無骨で節くれ立った、しかし力強いものだった。俺はその手を、一切の迷いなく握り返した。
「望むところです、ドランさん。……俺たちも、自分たちの居場所を守るためなら、喜んで共犯者になりますよ」
隣でミーシャも、決意の籠った表情で俺たちの手に自分の手を重ねた。
リュステリアという巨大な檻の中で、俺たちの本当の逆襲が、静かに、そして確実に動き始めた。




