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第19話:裏通りの逆転劇

一階の厚い木扉が、蝶番ちょうがいが悲鳴を上げるほどの勢いで叩きつけられた。

「おい、ドラン! 朝だぞ! 娘の形見を溶かして、領主様の食器にする準備は整ったかぁ!」

ギルバートの下卑た、勝ち誇ったような声が店内に不快に響き渡る。俺とミーシャが、深夜の死闘の末に錬成した「幻銀」の山を抱え、階段を下りようとしたその時だった。階下から鋭い制止の声が飛んできた。

「……待て。お前らは上に戻ってろ。一歩も出るな、音も立てるな」

ドランの声だった。そこにはいつもの酒焼けしたような倦怠感はなく、代わりに鋼のような冷徹さが宿っていた。振り返った彼の顔には、いつの間に用意したのか、古びた黒い眼帯が深く当てられている。

「ドランさん、でも……」

「いいか、小僧。……お前が今夜しでかしたことは、この世界の均衡を根底からぶち壊す、とんでもねえ人外の業だ。そんなことが万が一にでも露見してみろ。お前らは一生、王都の地下牢で『生きた錬金釜』として、死ぬまでその権能を搾り取られることになるぞ」

ドランの言葉に、俺は喉の奥が鳴るのを感じた。この男、たった数時間俺の作業を見ていただけだというのに、俺の持つスキルの「異常性」と「危険性」を正確に見抜いていた。

「……ここは俺の店だ。酔っ払いの老いぼれが、どうやってこの銀を揃えたか。その『嘘』を奴らに叩きつけてやる。お前らは二階で息を潜めてろ。……いいな、二度言わせるな」

ドランは俺たちから幻銀の詰まった重い袋を強引に奪い取ると、それをカウンターの死角へと隠した。そして一瞬だけ、かつて「大賢者」と呼ばれた男が宿していたであろう、不敵な笑みを口端に浮かべた。

俺とミーシャはドランの指示に従い、階段の踊り場の陰から、気配を殺して階下の様子を固唾を呑んで覗き込んだ。

ドランは扉を開けると、わざとらしく千鳥足を踏み、鼻をつく酒の臭いを撒き散らしながらギルバートの前に立った。

「……朝っぱらからうるせえよ。近所迷惑だってのがわからねえのか、税の番犬が」

「はっ、威勢がいいのは今のうちだ。さあ、約束の金貨百枚か、あのオルゴールか。どっちを差し出す? 賢者の末路を見届けてやるよ」

ギルバートが執拗に書状を突きつける。ドランは鼻で笑い、あえて時間をかけるように、ゆっくりと問い直した。

「……最後に確認させろ。お前らが求めているのは、金貨百枚。あるいは、オルゴールの維持管理費に見合うだけの『幻銀』だったな? 品質にまで注文はあったか、ええ?」

「……品質だぁ? 幻銀なら品質Dのクズでも金貨数枚にはなる。だが、そんなもんこの世にゃ一欠片も残っちゃいねえ。だから金貨を払えと言ってるんだ」

ドランは満足げに深く頷くと、懐から一塊の銀を取り出し、指先で弄んでみせた。朝日を反射して鈍く、しかし神々しいまでの輝きを放つそれは、これまで見てきたどんなクズ銀とも明らかに一線を画していた。

「な……、その輝き……。まさか、品質Cか!?」

ギルバートが絶句する。彼は詳細な【鑑定】スキルこそ持ち合わせていないが、長年税を徴収し、数多の財宝を見てきた審美眼が、目の前の銀が放つ異常な価値を直感的に捉えていた。

「……お前、知っているか? 二十年前、この街で『英雄』と呼ばれた男がいた。大錬金術師と大魔道士、両方の称号を兼ね備えた大賢者ドラン……。それが、俺だ」

ドランが眼帯を指差し、静かに、しかし抗いようのない圧倒的な威圧感を持って告げる。

「この二十年、俺は路地裏でただ酒を飲んでいたわけじゃねえ。……失われたはずの『禁忌の錬金術』を研究していたのさ。自身の肉体の一部を犠牲にし、素材の品質を無理やり一段階引き上げる、奇跡の所業をな」

ドランが眼帯をわずかにずらす。そこには、深く、暗い傷跡が呪いのように刻まれていた。

「……この左眼が、その代償だ。娘の形見を救うためなら、眼の一つくらい安いもんだろ?」

ドランはカウンターの奥から、ずっしりと重い幻銀の袋を、ギルバートの足元に力任せに放り投げた。

ドサッ!! という重量感のある音が店内に響く。

「……品質Cの幻銀、お望みの量だ。信じられねえなら、今すぐギルドの鑑定士にでも見せてこい。お前の不当な要求は、これで完納のはずだ」

ギルバートは震える手でその銀の袋を抱え、後ずさった。伝説の賢者の名、そして「肉体の一部を犠牲にした禁忌」という血の通った、あまりに生々しい物語。アドルが引き起こした「上振れ」という不条理な事象を、ドランは自らの身を削る「悲劇の錬金術」へと見事にでっち上げてみせたのだ。

「……い、いかれてやがるっ! 自分の片目を代償にしただと……! 化け物か、お前は……! 行くぞお前ら!」

ギルバートは捨て台詞を残し、逃げるように店を飛び出していった。

静寂が戻った店内で、ドランは再びソファに深く腰掛けた。

「……ふぅ。……お前ら、もう降りてきてもいいぞ」

俺とミーシャが階段を下りると、ドランは眼帯を外し、疲れ切った顔で俺たちを見上げた。その瞳には、感謝と、そしてそれ以上に深い「警戒」の色が混ざり合っていた。

「……見たか。これが、この薄汚れた街のルールだ。……小僧、俺の言ったことを忘れるな。お前の力は、決して、誰にも見せるんじゃねえぞ。……この『代償の物語』は、俺が墓まで持っていってやる」

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