第18話:幻銀の夜と、一パーセント未満の賭け
「……おい、砂利。お前、さっきから何をやってるんだ」
ドランが安酒の瓶を力なく握ったまま、怪訝さと隠しきれない不審さを混ぜ合わせたような顔で俺の手元を覗き込んできた。無理もない。俺が今この「城」で行っていることは、正統な錬金術を修めた者からすれば、理解不能な「狂気」か、あるいはあまりに無知な子供の遊びにしか見えないだろう。
俺がやっているのは、釜の底から削り取ったばかりの真っ黒な幻銀のカス――**『品質D』という最底辺の素材を、ただひたすらに【複製錬金】**し、即座に分解して素材に戻すという、不毛極まりない無限ループだ。
「ただのゴミを増やして、また溶かして……。素材の無駄だ。そんなことをしても、ゴミはどこまで行ってもゴミだぞ。錬金術の基本、等価交換の理も知らねえのか」
ドランの脳内は、既存の錬金理論では説明のつかない疑問符で埋め尽くされているようだった。彼にとっての錬金術とは、緻密な計算と厳格な等価交換に基づく「科学」だ。質の悪い素材をこねくり回して、質の良いものが「偶然」生まれるなどという不確実な事象は、彼の常識の範疇には存在しない。
だが、ミーシャが手元の懐中時計をパチンと乾いた音を立てて叩き、その老職人の疑問を遮った。
「現在時刻、午後十時十五分。ギルバートが来る午前六時まで、残り七時間四十五分です。アドルさん、深夜二時までに『品質C』を引き当ててください。作業効率を上げ、試行回数を稼ぎます」
「ああ。分かってる、ミーシャ。頼む」
カポッ、カポッという、耳慣れればどこか心地よい、けれどひどく単調な錬成音が、静まり返った深夜の店内に淡々と刻み込まれていく。
◇
一時間経過。深夜十一時。
ドランは呆れたように鼻で笑い、カビ臭いソファに深く沈み込んだ。
「……無駄だ。幻銀はとっくに絶滅したんだよ。そんなガラクタを千回こねくり回したところで、奇跡なんて起きやしねえ」
二時間経過。午前零時。
俺の額からは脂汗が滴り、呼吸は浅く、そして荒くなる。俺の網膜には、常に「品質D」という絶望的な完成予想図だけが浮かび続けている。だが、俺が狙っているのは、その背後に隠された一パーセントにも満たない「システムの上振れ」――素材の不純物が極限まで排除される、確率の特異点だ。
三時間経過。深夜一時を回った、その時だった。
俺の指先で、これまでとは明らかに違う、冷たくも澄んだ銀色の輝きが鋭く弾けた。
【鑑定:幻銀 状態:良好(品質:C)】
「……引いた。レシピ、更新完了!」
俺の掠れた声に、ドランがソファから転げ落ちるような勢いで駆け寄ってきた。彼は俺の手元にある、月光を凝縮したような銀色の塊を奪い取るように掴み、血走った瞳で自身の【鑑定】を走らせる。その瞳が、驚愕と戦慄に見開かれた。
「な……品質、Cだと!? バカな、なぜだ! お前、さっきまでと同じゴミみたいな素材しか使ってなかったはずだぞ! なぜこんな純度が……錬金理論のどこを探しても、こんな理屈は存在しねえ!」
「理屈は後です、ドランさん!」
俺は叫ぶと同時に、脳内のレシピ・ボードに新しく浮かび上がった「品質C」の精製プロセスを精査した。
「レシピが変わった。品質が上がったせいで、さっきまでの銀鉱石じゃ純度が足りない。ドランさん、『精銀』と『高純度魔物油』だ。至急、これを持ってきてくれ!」
「な、何を言って……精銀だと? そんなもん、この深夜にどこから――」
「あんたのコネを全部使ってくれ! 娘さんのオルゴールを溶かして食器にされたくないなら、動くのは今だ!」
俺の鬼気迫る剣幕に、ドランの喉が小さく鳴った。彼は俺がどうやってそれを成し遂げたのかという「疑問」を一度飲み込み、覚悟を決めたように力強く頷いた。
「……わけがわからねえが、その『C』が目の前にある以上、信じるしかねえな! 三十分だ、三十分以内に街中を回って揃えてやる!」
ドランが夜の闇へと、老体に鞭を打って飛び出していく。
「午前二時三十分。ドランさんの帰還を待ちます。アドルさん、十五分だけ仮眠を。その間に私が素材の予備選別を進めます」
ミーシャの、冷徹なまでの時間管理。彼女の的確な指示に従い、俺は意識を深く沈めた。
◇
午前五時四十五分。
ドランが命懸けで運んできた高純度素材を使い、俺たちは限界まで「品質C」の幻銀を量産し続けた。
作業場の床は、朝日を待たずして放たれる、鈍くも美しい銀色の輝きで埋め尽くされている。
「……現在時刻、午前五時五十分。……全工程、完了です。お疲れ様でした、アドルさん」
ミーシャが静かに懐中時計を閉じた。
その直後、一階から、裏通りの静寂を暴力的に引き裂くような、乱暴に扉を叩く音が響き渡る。
「おい、ドラン! 朝だぞ! 娘の形見を溶かして、領主様の食器にする準備はできたかぁ!」
ギルバートの下卑た、勝ち誇ったような声。
俺とミーシャ、そして完全に戦う職人の目を取り戻したドランは、銀色の山を抱えて、地獄の使者を迎え撃つべく階下へと向かった。




