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第16話:澱んだ街のルール

リュステリアの朝は早い。だが、そこに生命の鼓動が混じるような活気は微塵もなかった。霧の向こうで鳴り響く鐘の音は、労働の開始を祝う合図というより、家畜を規律で縛り付けるための冷徹な号令のように聞こえた。

二階の「秘密の拠点」で、俺とミーシャは朝の作戦会議を開いていた。

【複製錬金】で整えた、体圧分散を意識したベッド。そしてデッドスペースを極限まで排除した機能的な収納家具。アドルの前世の知識を注ぎ込んだこの一室だけは、外の世界を支配する無機質な冷たさから切り離された、唯一の安息の地となっていた。

「拠点の整備は一段落した。次は、この街での立ち位置を固める必要がある」

俺の言葉に、ミーシャが真剣な表情で頷く。彼女の指先は、整理された棚から村で備蓄していた保存食を取り出し、手際よく朝食の準備を始めていた。

「家賃ですね。ドランさんは『俺が気に入る仕事で払え』と言っていました。でも、彼が何を求めているのか、まだ見えません。四六時中、安酒の瓶を手放しませんし……」

「まずは、店に転がっている『ガラクタ』の再生を家賃代わりに提案してみよう。昨日、あのコンパスを強制起動させたことで、俺の腕は最低限認めているはずだ」

俺たちは、埃っぽい空気が漂う階段を下り、一階の店舗へと向かった。

一階の空気は、二階とは対照的に澱んでいた。

ドランは相変わらずソファに深く沈み込み、朝から度数の高い安酒を煽っている。床には昨夜のものであろう新しい空瓶がいくつも転がり、店内に安っぽいアルコールの臭いが充満していた。

俺が「店にある商品を一つ直すごとに、一日の滞在費を相殺してほしい」と切り出すと、ドランは濁った瞳をゆっくりとこちらに向け、不快そうに鼻で笑った。

「好きにしろ。どうせゴミの山だ。価値のねえ砂利石でも、磨けば多少は輝くかもしれんからな」

そこまで言うと、彼は瓶を傾けながら、喉の奥で押し殺すような声で付け加えた。

「……だがな、砂利。この街で目立ちすぎる仕事は、自ら首を吊るための縄を編むようなもんだ。身の程をわきまえろ」

突き放すような物言い。だが、その言葉の端々には、単なる嫌がらせではない切実な「警告」が混じっていた。ドランは俺たちの動向を無視しているふりをして、その実、鋭く窺っている。関わりたくないと言いながら、この歪んだ街で俺たちがどう足掻くのかを、その死んだような瞳の奥で見定めていた。

俺は家賃の支払いと【複製錬金】のレシピ回収を兼ねて、店内に積まれたガラクタを一つずつ手に取っていった。同時に、ドランの様子を見ながら、この街の根幹を成す「ギルド」について話を振った。

「ドランさん。俺たちはまず身分証を手に入れたい。この街には商業ギルドと冒険者ギルドがあるそうだが、どちらを先に訪ねるべきだと思う?」

ドランの手が、一瞬だけピタリと止まった。彼は瓶を口に運ぶのをやめ、ひどく低く、地の底を這うような声で言った。

「ギルド、か。……あそこはもはや、商売や冒険の互助組織なんかじゃない。国の飼い犬、その首輪を管理する番小屋だ」

ドランの話によれば、リュステリアの二大ギルドは、どちらも王都からの厳しい直轄管理下に置かれているという。

商業ギルドは物流を独占して過酷な税を搾り取り、冒険者ギルドは「治安維持」の名目で、体制にとって不都合な異分子を合法的に排除するための装置として機能している。

「身分証を手に入れるということは、奴らの台帳に汚い文字で名を刻まれ、一生、監視という名の檻に閉じ込められるということだ。……それでも行くというなら止めはしねえ。だが、一度首輪を繋がれたら、二度と外せないと思え」

ドランはそう言うと、再び現実から逃げるように目を閉じ、酒を煽った。

彼の言葉から伝わってくるのは、深い葛藤だった。俺たちを助けたくないのではない。助けることで、俺たちがリュステリアの深淵にある闇に引きずり込まれるのを、彼なりに恐れているのだ。

「……想像以上に、厄介な場所みたいですね」

店舗の隅で、ミーシャが不安そうに肩をすくめた。

「ああ。だが、身分証がないままでは、この街では『透明人間』ですらない。いつ衛兵に捕まり、奴隷として売り飛ばされても文句は言えない立場だ。危険を承知で、ギルドのシステムに食い込むしかない」

俺の計画はこうだ。

まず、アドルが冒険者ギルドに登録し、戦闘能力を証明することで「公的な力」を確保しつつ、現在の Lv. 9 をさらに引き上げる。

同時に、ミーシャが商業ギルドの動向と物価の推移を探り、いずれはこの街で「自分たちの牙城」となる店を持つための足がかりを作る。

「ミーシャ、俺は冒険者ギルドの登録料を稼ぐために、まずはドランさんの店の仕事を完璧にこなす。君はその間に、ドランさんの健康状態を……あのお節介にならない程度に、食事で少しずつ改善してみてくれないか」

「はい。異空間に保存している新鮮な野菜や干し肉を使って、栄養のあるものを作ってみます。酒瓶を片付けるのは、もう少し信頼を築いてからの方が良さそうですけど……」

俺たちは自分たちの力を過信せず、まずは「リュステリアの住人」としてシステムに認識されるための、泥臭い準備を始めた。

二階の作業場で、俺はドランから預かった『壊れた短剣』を分解し、レシピを解析しては複製を繰り返した。

カポッ、カポッという独特の錬成音が、静かな店内に響く。

(……上振れを引け。この鉄火場で生き残るための、確かな武器を……)

その時、一階の店舗の重い扉が、乱暴に蹴開けられる音がした。

「おい、ドラン! 生きているか、この老いぼれ!」

下卑た笑いを含んだ声が響き渡る。

俺とミーシャは顔を見合わせ、気配を殺して階段の下を覗き込んだ。

そこには、派手な装飾を施した服に身を包んだ傲慢そうな徴税人と、腰に武器を下げた数人の荒事師たちが立っていた。

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