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第15話:秘密の拠点と、未来への足場

ドランから無造作に放り投げられた鍵を差し込み、力を込めて回す。ギィ……と、蝶番ちょうがいが悲鳴を上げるような重苦しい音を立てて、二階の扉が開いた。

そこは、おそらく数十年単位で時が止まっていたのであろう、凄まじい光景だった。

堆積した埃が絨毯じゅうたんのように床を覆い、壊れた家具や正体不明のガラクタが壁際まで山積みにされている。唯一の光源である小さな窓はすすと汚れで曇りきり、差し込む夕光さえも泥のように濁って見えた。

「……ひどい有様ですね。でも、屋根と壁があるだけ、今の私たちには贅沢でしょうか」

ミーシャが袖で鼻を押さえながら、慎重に部屋の中へ一歩を踏み出す。彼女が歩くたびに、灰色の粒子が霧のように舞い上がった。

「ああ。だがここを、俺たちの**『城』**に作り変えるぞ。ミーシャ、掃除の準備だ。まずはこのゴミの山を資源に変える」

俺たちはまず、部屋を占拠しているガラクタを片っ端から**「所有」し、「鑑定」**していった。

脚の折れた椅子、虫食い穴の開いた毛布、さらには魔法回路が焼き切れた魔導具の残骸。それらはただのゴミではない。俺にとっては、この街「リュステリア」の技術水準や素材の希少性を知るための、極めて貴重なレシピの宝庫でもあった。

ひと通りの片付けを終え、俺とミーシャは部屋に唯一残った、ガタつきのある古い木製テーブルを挟んで向かい合った。

窓の隙間からは、冷徹な統制下にある商都の、無機質でどこか突き放すような喧騒が微かに響いてくる。

「ミーシャ、今後のことなんだが」

俺は声を落とし、彼女の真っ直ぐな目を見据えた。

「この街は異常だ。ルールが過剰なまでに厳格だし、人々の目には生活を楽しむような活気がない。正直に言えば、あまり深入りはしたくないのが本音だ」

ミーシャが小さく、しかし確固たる意志を込めて頷く。

「私も同じ気持ちです。まずは自分たちが、この未知の世界で安全に、そして安定して暮らしていける基盤を作ることが第一だと思います。誰かを助けるとか、この歪んだ街を変えるなんて……今の私たちには、あまりに贅沢すぎる望みです」

俺たちの意見は完全に一致していた。

英雄になるつもりも、正義の味方を気取って体制に逆らうつもりもない。かつて現代の組織という巨大な歯車の中で揉まれ、すり潰されてきた身としては、**「生活の安定」**こそが、不測の事態に対する最大の防御であることを骨の髄まで知っている。

「方針は決まりだ。しばらくはドランの店を手伝いながら、ここで力を蓄える。そのためにも、この部屋を外敵からもドランの目からも隔離した、俺たちの**『秘密の拠点』**にするぞ」

そこから、俺たちの「環境改善」が始まった。

まずは複製錬金の独特な音が外に漏れないよう、部屋の四隅や床板の隙間に、防音と断熱を意識した緩衝材を配置していく。

さらに、ミーシャが異空間に保存していた村の良質な木材を取り出し、俺は脳内の知識を総動員した。

この世界の硬いだけの寝台ではない。体圧を分散させるスノコ構造と、衝撃を吸収するフレーム。現代のベッド理論を模した、高品質な寝床を錬成する。

【鑑定:特製木製ベッド(品質:C)】

今の俺の技量では「品質C」が限界ではあったが、それでもこの世界の一般的な寝具に比べれば、その快適さは雲泥の差だ。

さらに、魔石の端材と現代の照明理論を組み合わせ、反射板を調整して目に優しく効率的な光を放つ「ランタン」を作成した。

カポッ、カポッという、耳慣れれば心地よい錬成音が、静かな二階に響き続ける。

俺はかつての世界で見てきた機能美を、少しずつ、けれど確実にこの部屋の機能に落とし込んでいった。

「アドルさん、見てください。この棚、デッドスペースが全くありません。村の倉庫よりずっと使いやすそうです」

「ミーシャの収納スキルと動線に合わせた特注品だからな。……よし、これで最低限の生活環境と、作業場としての秘匿性は確保できた」

その頃、一階ではドランが安酒の瓶を床に転がし、ソファで気怠げに横になっていた。

薄暗い店内、天井を睨みつける彼の耳に、不思議な感覚が届く。

(……二階が、妙に静かだな)

ドランは濁った瞳を細めた。普通なら、あれほどのゴミ溜めを片付けるなら、もっと派手な物音が響くはずだ。

しかし聞こえてくるのは、一定の規則性を持った、これまでの人生で一度も聞いたことのない小さな、乾いた音だけだった。

(……ボルグの紹介か。あいつも余計なことを。あんな若い連中をこの腐った街に招き入れて、どうするつもりだ。俺に関われば、ろくなことにならないってのに……)

脳裏に、赤く染まった忌まわしい過去の記憶が過ぎる。

自分が正論を吐き、この街を救おうとした代償。親しかった者たちが、国家という名の巨大な断頭装置に押し潰されていく光景。

ドランはそれを振り払うように、最後の一口を喉に流し込んだ。

(……関わるな。放っておけ。どうせ数日もすれば、この街の冷たさに耐えかねて泣きながら出ていくだろうさ……)

そう自嘲しながらも、ドランは吸い寄せられるように、ふらつく足取りで階段の近くまで歩いていった。

ドアの隙間から漏れてくるのは、この薄汚れた店には不釣り合いな、不思議に柔らかく澄んだ光。そして、かつて彼が何よりも愛していた**「創造」**の濃密な気配。

彼がかつて追い求め、そして無惨に砕かれた「可能性」の残滓が、二階の扉の向こうで力強く脈動しているのを、指先が感じていた。

関わってはいけない。そう自分に言い聞かせながらも、ドランの止まっていた心臓は、失われたはずの熱い高揚感で微かに震えていた。

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