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第14話:商都の洗礼、裏通りの酔いどれ

商都を囲う城門は、これまで見てきたどんな建造物よりも巨大で、そして冷徹だった。

空を突くような石造りの壁は、外敵を拒むためというより、内側の富と権力を守るために存在しているかのように見える。

「……すごいですね、アドルさん」

「ああ。だが、この壁は魔物を防ぐためだけにあるんじゃないらしい」

門の前には、幾重にも重なる長い列ができていた。重厚な鎧に身を包んだ衛兵たちは、一人ひとりに厳しく身分証の提示を求め、持たない者には隠そうともしない嫌悪感を示している。

ついに俺たちの番が回ってきた。衛兵は俺たちの泥に汚れた装束を一瞥すると、鼻を鳴らして言い放った。

「……身分証がないなら、一人あたり白金貨五枚の入場税を払え。払えないなら今すぐ失せろ。ここは石ころが紛れ込む場所じゃない」

衛兵の冷淡な声に、周囲の空気が凍る。

ボルグから受け取った金貨数枚。村での生活なら一生遊んで暮らせるほどの額だが、ここでは門を潜るための「端金はしたがね」にすらならない。白金貨十枚――今の俺たちには、天地がひっくり返っても用意できない絶望的な額だった。

立ち尽くす俺たちの後ろから、馬車の窓からひょいとカシムが顔を出した。

「彼らは私の専属の雇い人だ。入場税は私がまとめて持つ」

カシムは手際よく衛兵に白金貨を握らせ、俺たちの入場手続きを済ませてくれた。門を潜り、人混みに紛れたところで彼は足を止め、真剣な面持ちで俺の肩を叩いた。

「いいかい、アドルさん。私ができるのはここまでだ。この街において身分証がないということは、人間として存在していないのと同じだ。宿一つ借りるのにも苦労するだろう。早急にドランを訪ねるんだ。……幸運を」

カシムと別れた俺たちは、まず活気に満ちた表通りを歩き始めた。だが、その高揚感はすぐに氷水を浴びせられたように削り取られることになる。

「すみません、この串焼きを二つ……」

ミーシャが屋台の店主に声をかけるが、店主は俺たちの身なりと、首元に光るべきギルド証がないことを一瞬で見抜き、汚物を見るような目で鼻を鳴らした。

「……ギルド証は? 無いなら十倍の値段だ。嫌ならさっさと行け、浮浪者に関わると衛兵に睨まれるんでな」

それだけではない。評判の良さそうな宿の門を叩いても、「納税証明か所属ギルドの紹介がない客は泊められない」と、言葉の端々に軽蔑を滲ませて断られた。村では英雄として感謝されていた俺たちが、この巨大なシステムの中では、ただの不審な異物でしかない。

「……森の中にいた時より、ずっと遠くに放り出された気分です」

ミーシャが力なく笑う。街の冷徹なルールが、容赦なく俺たちの精神を摩耗させていく。

「大丈夫だ。……まずはドランを見つける。話はそれからだ」

俺たちはボルグに聞いた地図を頼りに、華やかな表通りから、湿り気とゴミの臭いが漂う裏通りへと足を踏み出した。日光すら届かない路地の突き当たり。看板もなく、窓が埃で曇りきった古道具屋。そこがドランの店だった。

扉を開けると、不快なカビ臭い空気と共に、安酒の鼻をつく臭いが漂ってきた。

「……ボルグの紹介で来ました。この手紙を……」

俺が声をかけるが、店の奥にある薄汚れたソファで横になっている男は、返事すらしない。

「……あ? ボルグ……? 誰だそりゃ……」

ドランと呼ばれたその男は、ひどく濁った声で呟き、億劫そうに上半身を起こした。髪はボサボサで、無精髭には酒が滴っている。お世辞にも賢者には見えない、ただの酔っ払いだ。

「そんな田舎の村長の名を出せば……俺が歓迎するとでも思ったか? ケッ、酒の邪魔だ、失せろ」

ドランは吐き捨てるように言い、また瓶を煽った。

「ここに来る奴は皆、自分を特別だと思ってる。だがな、身分証もねえ奴は、この街じゃ石ころ以下だ。お前らに、自分が石ころじゃないと証明できる何かがあるのか?」

ドランは酔った足取りでふらふらと立ち上がると、作業台から黒ずんだ金属の塊を、放り投げるように突き出してきた。

「……試してやる。これを持っていけ。数百年前に発掘された、古代魔導コンパスの核だ。誰も直せなかったし、素材すら不明……。明日の朝までに、一度でも針を動かしてみせろ。できなきゃその紹介状で……焚き火でもして寝ろ」

ドランはそのまま奥の部屋へ消え、すぐに獣のようないびきが聞こえてきた。俺は手の中の冷たい塊を鑑定した。

【鑑定:古代魔導コンパスの核 状態:95%欠損(素材不明)】

所有しても、レシピはノイズだらけで読み取れない。魔法的な回路が完全に焼き切れており、この世界の常識では修復は不可能だろう。

俺は数時間、無言でその塊と向き合った。ミーシャはその間、何も言わず、村の澄んだ水を取り出して俺の傍らに置き、散乱していた店内のゴミを静かに整理し始めた。彼女が動くたびに、淀んでいた店の空気が、物理的な意味でも精神的な意味でも少しずつ整い、澄んでいくのを感じた。

「……そうか。直そうとするからダメなんだ」

深夜、静まり返った店内で俺は呟いた。このコンパスは、魔力で動くことを前提とした設計だ。だが、構造的な目的は「北を示す」という単なる方位磁石に過ぎない。

俺は複製錬金で、微弱な磁気を帯びた極小の金属片と、摩擦を極限まで抑えた滑らかな軸受けを作り出し、欠損した内部の空洞に無理やり組み込んだ。かつての世界の物理法則――磁界の知識を、魔法の残骸の中にバイパスとして通したのだ。

これは修復ではない。現代の知恵による、魔法を介さない強制起動だ。

翌朝、ドランが目を真っ赤に腫らし、ひどい二日酔いの顔で奥の部屋から現れた。俺は何も言わず、作業台の上にあの金属塊――古代魔導コンパスを置いた。

「……フン、時間の無駄だと言っただろう。そんな――」

ドランが言葉を失う。俺が指先から微かな魔力を流すと、死んでいたはずの針が鋭く震え、迷うことなく正確に北を指して止まった。

「……何をした」

「この世界の理論じゃない方法で、道筋を作っただけです。……これで、石ころは卒業ですか?」

ドランはコンパスを食い入るように見つめ、やがて不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「……小細工を。だが、ゴミ以下の石ころが、砂利くらいにはなったか」

ドランは腰から、重々しい鍵束を投げ渡した。

「二階に埃まみれの部屋がある。勝手に使え。ただし、これはあくまで仮住まいだ。家賃は俺が気に入る仕事で払え。……それと、お嬢さん。勝手に店を片付けるな。……どこに何があるか、分かりやすくなってて気味悪い」

ドランはそう毒づくと、また新しい酒瓶の栓を抜き、不貞腐れたように背を向けた。

「アドルさん。ひとまず、屋根がある場所は確保できましたね」

「ああ。……ここを拠点に、まずはこの街の仕組みに食い込むぞ」

俺たちは、埃っぽい二階へと続く急な階段を上り始めた。

身分証はない。後ろ盾もない。だが、俺たちの手には、この巨大な商都に風穴を開けるための知識が、確かに宿っていた。

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