第138話 : 処刑場
「ククク……逃げ場はないと言ったはずだ。死の舞踏を踊るがいい!」
ヴェゼルの姿が揺らぎ、次の瞬間、八人のヴェゼルが毒沼の上に立ち並んだ。
分身技。
放たれる殺気はどれも本物と遜色ない。
「八人だと!? みんな、囲まれるな!」
アドルの叫びも虚しく、二対一の不利な状況が全員に押し付けられる。
「ヒュッ、ザシュッ!」
「くっ……!」
ミーシャの肩を短刀が掠める。
左手一本での防御では、二人のヴェゼルによる波状攻撃を捌ききれない。
「あうぅっ! 痛いの!」
ルルもまた、連撃を浴びて後退を余儀なくされる。
新調したグローブで辛うじて致命傷を避けているが、じりじりと体力が削られていく。
ドラゴンとアドルも防戦一方だ。
「ははは! このまま一人ずつ、確実に肉を削いでくれる! 全滅させてゼノア様に褒めてもらうのだ、ふはははは!」
ヴェゼルが更に手数を増やし、圧力を強める。
その時、ミーシャと対峙していた分身の一人が、不規則な軌道でルルの方へと跳んだ。
「しまっ……! ルル、後ろだ!」
「えっ……ひゃっ!?」
ルルは咄嗟に反応しようとしたが、足元を毒沼に取られ、一瞬だけ動きが鈍った。
そこへ三人のヴェゼルが同時に襲いかかる。
「マスター、回避不能です! 天井の鎌が来ます!」
すらたんの警告。
上空から巨大な鎌が、無防備なルルの首筋を目指して振り下ろされた。
「……なっ!?」
死の予感にルルが目を瞑った瞬間。
「ズシャァァァァ!」
激しい金属音と共に、大量の鮮血が舞った。
「……っ、ドラゴンさん……!?」
目を開けたルルの前にいたのは、その身体で巨大な鎌を受け止め、背中でルルを庇う白銀の青年だった。
鎧は砕け、背中から胸にかけて深い傷が刻まれている。
「……フン、我としたことが。ここまでか」
「ドラゴンさん! 血がいっぱい出てるなの! 嫌なの、死んじゃ嫌なの!」
「案ずるな、小娘……。主が無事でよかった。……一度、還らせてもらうぞ。後の始末は……任せた」
青い粒子となって、ドラゴンが消えていく。
ルルの目の前には、彼の流した血だけが残された。
「……あ、あぁ……」
ルルの瞳から光が消え、代わりにどす黒い怒りが溢れ出した。
「……許さないなの。絶対に、許さないなのぉぉぉっ!!」
「ルル、落ち着け! 怒りに呑まれるな!」
アドルが駆け寄り、暴走しそうなルルの肩を強く掴んで引き寄せた。
「……ルル、俺を見ろ。ドラゴンの想いを無駄にするな。反撃はここからだ」
アドルはルルを背後に守り、両手を石の床へと叩きつけた。
「罠の解除は得意だって言っただろ。瞬きの錬金……全エリア、正常な石床、錬成!!」
「ズガガガガガガガガッ!!」
凄まじい石畳の奔流。
毒沼の全てを覆い隠すように、厚さ数十センチの石床が爆速で練成されていく。
広大な処刑場は、一瞬にして真っ平らな石畳の広場へと変貌した。
「なっ……馬鹿な! 私の沼を、物理的に完全に消し去っただと!?」
足場を奪われ、八人のヴェゼルが地上に引きずり出される。
「全員でいけぇ! あの錬金術師を殺せ!!」
八人の分身が全方位からアドルへと殺到する。
だが、アドルは剣を構えず、あえて無防備に両手を広げた。
「……鑑定。本物は……そこだ」
アドルは飛来する八人のうち、唯一わずかに重心が重い一帯を見定めた。
「ぐはぁっ!!」
アドルが回避を捨てた。
ヴェゼルの短刀がアドルの肩を深く貫く。
だが、アドルはその瞬間、ヴェゼルの腕を掴んで不敵に笑った。
「捕まえたぞ、本物。瞬きの錬金……超高密度・瞬間硬化樹脂、錬成!!」
アドルの手から、石よりも硬い特殊な樹脂が溢れ出し、刺さった短刀とヴェゼルの右腕を、アドルの身体ごと一瞬で固めて固定した。
「なっ!? 貴様、自分ごと私を……っ、離せ! 離せぇ!!」
「ミーシャ! ルル! 今だ!!」
アドルの叫びに応じ、二人の少女が跳んだ。
「……これで終わりよ! 極大片手二重螺旋……『ボルテックス・ノヴァ』!!」
ミーシャが左手一本で練り上げた、二色の魔力が渦巻く巨大な螺旋魔法。
「ドラゴンさんの恨みなの! 全属性解放……『テトラ・バースト・ナックル』!!」
ルルの拳に炎、風、氷、そしてすらたんの黄金のオーラが集束する。
「おのれぇぇぇぇぇ!!」
「ドォォォォォォォォォォォンッ!!」
爆音と共に、二十層の主ヴェゼルは影も残さず消し飛ばされた。




