第134話 : 絆の装備と襲来の報
工房から戻ったアドルは、居間に集まった仲間たちの前で、布に包まれた四つの品を机に並べた。
工房での連夜の作業で少しばかり隈を作っていたが、その表情は満足感に満ちている。
「みんな、昨日の夜のお礼だ。一人一人の悩みに合わせて作った。受け取ってくれ」
アドルはまず、ルルに小ぶりな、だが重厚な銀の輝きを放つナックルグローブを差し出した。
「わぁ……カッコいいなの! 軽くて、手に吸い付くみたいにぴったりなの!」
ルルが目を輝かせて拳を握ると、その甲の部分で三つの結晶が鈍く光を放った。
「ルル、そのグローブにはあらかじめ三つの属性剣晶を組み込んである。炎、風、氷だ。戦況に合わせて使い分けてくれ。お前の成長を助けてくれるはずだ」
「三つもなの!? アドルさん、凄すぎるなの! 大切に使うなの!」
ルルがはしゃいでいる横で、アドルは次にエナへと歩み寄り、上品な彫金が施された銀の指輪を手渡した。
「エナ、これは君に。真実・天秤の指輪だ。身につければ、君自身の言葉に重みと説得力を与え、同時に相手の嘘を微かな波動で知らせてくれる。これから多くの交渉に臨む君を守ってくれるはずだ。君の誠実さが、より多くの人に伝わるようにね」
「アドルさん……私の悩みを、そんな風に形にしてくださるなんて。一生大切にしますね」
エナが指輪を愛おしそうに指へ通すのを見て、アドルは微笑んだ。
続いてカミラに、細工の細かい耳飾りを手渡した。
「カミラ、これは千里の耳飾りだ。空気の微細な振動と熱源を感知して、周囲数キロの異変を察知をできる。広域の警備や不意打ちの回避に役立つはずだ」
「ご主人様……! こんな素敵なものを頂けるなら、これからは毎日お風呂にご一緒しますよ? いつでも呼んでくださいね、ご主人様」
カミラは耳飾りを付け、顔を赤らめてアドルを上目遣いに見つめた。冗談めかした口調ではあったが、その瞳は真剣に喜びを湛えていた。
そして最後に、アドルはミーシャへと特別な包帯の束を差し出した。
「ミーシャ、これは首飾りを再定義して作った癒しの包帯だ。右腕に巻いてみてくれ」
ミーシャが戸惑いながらも、痛む右腕にその白い布を巻きつける。
その瞬間、彼女の目が見開かれた。
「……信じられない。あんなに焼けるようだった苦痛が、嘘みたいに引いていくわ。これなら……魔力を練ることに意識を割かなくても、当たり前のように生活できる。右腕の魔力を常に練りながらでも、余裕を持って戦えるわ。アドルさん、本当に素晴らしい装備だわ。ありがとう」
和やかな空気が居間を満たしていた、その時だった。
ドンドンドンドンドンドンドンドン!
玄関の扉を、壊さんばかりに叩く音が響き渡った。
「領主様! アドル様、いらっしゃいますか!」
切迫した声に、アドルの表情が一瞬で引き締まる。
カミラが即座に扉を開くと、そこには肩で息を切らした冒険者ギルドの職員が立っていた。
「アドル様、大変です! ダンジョンから魔物が溢れ出しました! スタンピードの発生です! すでに街の北側にまで魔物の影が迫っています!」
「なんだって……!」
和やかな時間は一瞬にして霧散した。アドルは即座に決断を下す。
「カミラ、エナ、二人はこの屋敷と周辺の避難誘導を頼む。エナは領主代行として、自警団に指示を出してくれ。カミラ、エナを頼んだぞ」
「承知しました。ご主人様、お気をつけて」
「ルル、ミーシャ、行くぞ!」
三人は屋敷を飛び出し、全力で冒険者ギルドへと向かった。
ギルドに到着すると、そこは地獄のような騒ぎだった。
壁には緊急依頼の赤紙がびっしりと貼り出され、負傷した冒険者が次々と運び込まれている。
奥から現れたギルドマスターがアドルを見つけるなり、作戦机を叩いて状況を説明した。
「アドル殿、よく来てくれた! ダンジョンの入口が完全に決壊した。魔物が津波のように溢れ出し、すでに市街地の一部に侵入している! このままでは防衛線が持たん。至急、掃討を頼む!」
アドルたちは足を止めることなく、魔物の咆哮が聞こえる北の市街地へと急行した。
辿り着いたそこには、悪夢のような光景が広がっていた。ダンジョンの入口から魔物が次々と溢れ出し、すでに街へと侵入していたのだ。
「なんだって……。もうここまで来ているのか」
アドルは剣を引き抜き、鋭く指示を出した。
「ルル、手分けしてやるぞ! おれはミーシャと一緒に東側を回る。ルル、西側を任せられるか?」
「大丈夫なの! あたし、もう負けないなの! ドラゴンさん、人型で召喚するなの!」
ルルは力強く頷くと、精神を集中させた。背後に現れた巨大な魔法陣から、まばゆい氷の光が溢れ出す。そこから現れたのは、猛々しい龍ではなく、一人の青年だった。
「……っ、なの!?」
ルルは思わず声を上げた。そこに立っていたのは、背中まで届く白銀の長い髪をなびかせた、超越的なまでの美貌を持つ超イケメンだった。氷の鱗を模した鎧を纏い、冷徹な瞳で周囲を見下ろしている。
「ふん……。我が主よ、何を呆けている。あまりにこの姿が美しいのは理解できるが、今は戦場であろう」
人型のドラゴンが低く甘い声で告げ、手に持った氷の長槍を一閃させた。それだけで、正面にいた魔物たちの群れが一瞬にして氷像へと変わり、砕け散った。
「ドラゴンさん……カッコよすぎるなの! でも負けないなの! いっけぇー!」
ルルもまた、すらたんのオーラを纏い、新調したナックルグローブで魔物の懐へ潜り込んでいく。
炎の属性を宿した拳が、オークの群れを焼き払った。
一方、アドルとミーシャも難なく掃討を開始していた。
ミーシャは包帯による癒しの効果で、集中力をすべて攻撃に転化している。左手だけで描く魔法陣からは、以前よりも精密で高火力な魔法が次々と放たれた。
「解析……構造上書き! 砕けろ!」
アドルもまた、瞬時の錬金術で武装を強化し、迫り来る魔物を紙のように切り裂いていく。
幸いにも、街に侵入した第一波は低レベルの魔物が中心だった。
三人の圧倒的な力の前では、掃討にそれほどの時間はかからなかった。
辺りには魔物の死骸が転がり、一時の静寂が訪れる。
しかし、アドルは血を振り払いながら、ダンジョンの入口がある方向を険しい目で見つめた。
「どうなっているんだ……。これだけの数が一度に溢れ出すなんて、普通じゃない。奥に、何かがいるな」
三人は警戒を解くことなく、不気味に口を開けるダンジョンの深淵を見据えた。




