第133話 : 新たな武具
アドルの工房には、錬成陣から放たれる青白い光と、絶え間なく続く魔力の振動が満ちていた。
机の上には、龍の里から持ち帰った希少な素材や、これまで蓄えてきた高純度の魔石が整然と並べられている。
アドルは額の汗を拭うこともせず、全神経を指先に集中させた。
まずはルルのための武器、ナックルグローブだ。
軽量で強靭なミスリル合金をベースに、瞬きの錬金で構造を組み替えていく。
ただの籠手ではない。
ルルがすらたんのオーラを纏った際、その膨大なエネルギーを効率よく拳に集束させるための伝導路を内壁に刻み込む。
さらに、拳の甲には三つの属性穴を設置した。
これにアドルが作った剣晶を嵌め込むことで、火、雷、氷といった属性攻撃を自在に切り替えられるようになる。
次はミーシャの包帯だ。
アドルは預かった癒しの首飾りを、迷うことなく分解した。
埋め込まれていた宝玉を一度粉砕し、極細の魔力糸へと再構築する。
それを高密度の包帯布に一本一本織り込んでいくという、気の遠くなるような作業だ。
属性上書き。
包帯そのものに、持続的な自己修復と痛覚緩和の術式を定着させる。
これで、右腕に魔力を練り続ける彼女の肉体的、精神的な負担は劇的に軽減されるはずだ。
そして、エナとカミラへの贈り物。
エナには、相手の真意を読み解く補助と、自身の発言に説得力を持たせる波動を宿した銀の指輪を。
商人や貴族との交渉が続く彼女にとって、目立たず、かつ強力な守りとなる逸品だ。
カミラには、空気の微細な振動と熱源を感知し、敵の接近を知らせてくれる機能を持たせた耳飾りを作り上げた。これがあれば、たとえ暗闇であろうと、数キロ先の敵の接近を察知できる。
「よし、すべて完成だ。……喜んでくれるといいんだが」
アドルが満足げに息を吐き、完成した武具を慈しむように見つめていた頃、屋敷から少し離れた冒険者ギルドの支部では、平穏を切り裂くような怒号が飛び交っていた。
◇
「おい、しっかりしろ! 傷口を押さえろ!」
ギルドの重い扉が蹴破られ、数人の冒険者が血塗れの仲間を担ぎ込んできた。
受付の職員たちが顔を青くして駆け寄る。
その中の一人、ベテランの斥候である冒険者が、震える手で地図を机に叩きつけた。
「……信じられねぇ。ダンジョンの浅層が、見たこともない数の魔物で溢れかえってやがる」
「どういうことだ? 魔物にはそれぞれ縄張りがあるはずだろう」
ギルドのサブマスターが眉を潜めて尋ねる。
斥候の男は首を激しく振った。
「縄張りなんて関係ねぇ! 普段は深層にいるはずの大型種までが、まるで何かに追い立てられるように地上を目指してやがる。群れ同士が殺し合うこともなく、ただ一点……このリュステリアの街の方角を向いて行進してやがるんだ!」
「なんだと……。それはつまり、ダンジョンが吐き出しているということか?」
職員の一人が戦慄した声を上げる。斥候は血の混じった唾を吐き捨て、真っ直ぐにサブマスターを見据えた。
「予兆どころの話じゃねぇ。これは、スタンピードだ。それも、過去に類を見ない規模のな。今この瞬間も、魔物の津波がダンジョンの入り口から溢れ出そうとしてるんだよ!」
ギルド内は一瞬にして静まり返り、次の瞬間には蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
武器を手に取る者、愛する家族の元へ走ろうとする者。サブマスターは机を力一杯叩き、声を張り上げた。
「静かにしろ! 全員、迎撃の準備を整えろ! それから使いを出せ! 大至急、領主様……アドル様に報告だ! 街の存亡がかかっていると伝えろ!」
不穏な空気は、夜の帳と共にリュステリア全体を飲み込もうとしていた。
◇
同じ頃、禍々しい雲に覆われた魔王城の一角。
漆黒の玉座が並ぶ広間で、三人の魔族が言葉を交わしていた。
傲慢な笑みを浮かべるヴァンダル、静かに戦況を見守るイザベラ、そして冷徹な眼差しを崩さないゼノア。
アドル達との戦闘で瀕死に追い込まれたフィアは第三の将ゼノンと魂を融合させ新たな将となり生まれ変わった、それがゼノアだ。
その輪郭には以前よりも禍々しい魔力の揺らぎが纏わりついている。
「ゼノア、準備はできているのか?」
ヴァンダルの低い声が広間に響く。
ゼノアは視線を動かさず、淡々と答えた。
「……ああ。そろそろ動ける」
「魔王様直々の命令だ。動けるなら、さっさとダンジョンからスタンピードを起こして街を制圧しにかかれ。あの錬金術師の首を、早々に持ってくるのだな」
「貴様に言われなくともわかっている」
ゼノアはヴァンダルを一瞥することもなく、冷たく言い放った。
「リュステリアは、我が魔軍の苗床となる。あの男も、その仲間も、すべては我が魔力の糧に過ぎない」
そう言い残すと、ゼノアは影に溶けるようにして姿を消した。
戦いの火蓋は、人間たちの知らぬところで、すでに切って落とされていた。




