第131話 : 休息の祝宴と湯煙のサプライズ
リュステリアの街に夕闇が降りる頃、アドルの屋敷はこれまでにない活気と香ばしい料理の匂いに包まれていた。
龍の里という死地を乗り越えた一行にとって、この屋敷の門をくぐった瞬間の安堵感は何物にも代えがたいものだった。
「ただいま、なの。やっぱりおうちが一番なの」
ルルが玄関で靴を脱ぎ捨て、すらたんを抱えたまま居間のソファに飛び込む。
アドルはその様子を苦笑しながら見守り、荷物を降ろした。
「エナ、今日は本当にありがとうな。領主代行の仕事が溜まっているだろうに、無理をさせた」
「いいえ、アドルさん。最高の気分転換になりました。それに、あんな凄いものを見せられたら、私ももっと頑張らなきゃって思えます」
エナは晴れやかな顔で笑った。アドルはふと気になっていたことを口にする。
「そういえば、エナは今年で二十歳だったか。酒は飲めるんだよな?」
「はい、ちょうど先月二十歳になりました。商人の家系ですから、それなりに強いですよ。今日は就任祝いですから、存分に腕を振るわせてもらいますね」
エナが誇らしげに胸を張る。
その横でカミラが何やら不敵な笑みを浮かべていた。
◇
祝宴の準備が進む中、アドルは一人、屋敷の広々とした大浴場で疲れを癒していた。
龍の里の凍てつく冷気が嘘のように、温かな湯が全身を解きほぐしていく。
「ふぅ……。やっぱり、この風呂が一番落ち着くな」
目を閉じて、この数日間の出来事を振り返る。
ルルの覚醒、伝説の龍との契約。事態は確実に前へ進んでいる。
だが、その静寂は唐突な勢いで破られた。
「失礼します、ご主人様! 今日は特別メニュー、日頃の感謝を込めたフルサービスの時間ですよ!」
「ぶはっ!? カ、カミラ!?」
扉が勢いよく開き、カミラを筆頭に女性陣がなだれ込んできた。
驚くアドルの目に飛び込んできたのは、水着のような露出度の高い布を纏い、顔を赤らめた四人の姿だった。
「ちょ、ちょっとカミラ、やっぱり恥ずかしいって……!」
「アドルさん、驚かせてごめんなさい……でも、みんなでお礼をしたいって決めたの」
ミーシャが顔を伏せながらも、勇気を出して一歩前に出る。
カミラが不敵に笑い、手に持った桶をアドルの前に置いた。
「いいですか皆さん、今日は遠慮はなしです。私たちがここまで来られたのはご主人様のおかげ。しっかり身体を磨き上げて差し上げましょう!」
カミラがアドルの背後に回り込み、たっぷり泡立てたタオルを背中に当てる。
「さあルル、エナ、ミーシャ様も! 囲んでください!」
「うぅ、わかったなの……。アドルさん、失礼するなの」
ルルがおずおずとアドルの足元に座り込み、小さな手で丁寧に足を洗い始めた。その感触にアドルは身を硬くする。
「ルル、そんなところまでいいよ……」
「だめなの。カミラさんに、今日は全部やるって言われたの。アドルさん、いつも歩かせてばかりでごめんなさいなの」
「私も……お返し、させてくださいね」
エナが緊張で指先を震わせながらも、アドルの頭に手を添える。
優しくお湯をかけ、指の腹で丁寧に地肌をマッサージし始めた。
「エナ……悪いな、代行の仕事もあるのに」
「いいんです。これが私のやりたいことなんですから」
そして、ミーシャがアドルの正面に跪いた。
上気した顔でアドルをじっと見つめ、彼の腕をそっと取る。
「アドルさん……。私、アドルさんに支えられてばかり。だから今日は、私がアドルさんの腕を綺麗にするね」
ミーシャは柔らかなスポンジでアドルの腕を包み込み、ゆっくりと、愛おしむように滑らせていく。四人に囲まれ、代わる代わる身体を洗われるという夢のような状況に、アドルの理性は限界を迎えようとしていた。
「……あ、あの、もう十分だから! 全員でそんなに触られると……」
「だめですよ、まだ流し足りません」
カミラが背後からアドルの首筋に吐息をかけ、密着するようにして腕を回す。四人の温もりと、石鹸の香りが湯気の中に溶け合い、大浴場はかつてないほどの熱気に包まれた。
◇
風呂上がり、広間には豪華なフルコースが並べられていた。
エナが厳選した最高級のワインが次々と開けられ、全員で高らかにグラスを掲げる。
「それではアドルさんの領主就任と、エナさんの代行就任、そして私たちの勝利に……乾杯なの!」
「「乾杯!」」
ルルの音頭で宴が始まった。
エナは二十歳になったばかりとは思えない見事な飲みっぷりで、アドルやカミラと杯を重ねていく。
美味しい料理と酒、そして信頼し合える仲間たち。夜が更けるのも忘れて、一行は勝利の余韻に浸った。
◇
深夜。宴も終わり、アドルは自室で眠りに就こうとしていた。
心地よい酔いと疲れが、深い微睡みを誘う。
だが、扉が乱暴に開く音で意識が引き戻された。
「あーどーるーさーん……まだ起きてるー?」
「ご主人様ぁ……二次会、しに来ましたよぉ……」
入ってきたのはミーシャとカミラだった。
二人とも足元が覚束ず、お互いに肩を貸しながら入ってくるが、その顔はこれまでにないほど真っ赤に染まっている。
目はとろんと据わり、完全に出来上がっていた。
「おい、二人とも……どれだけ飲んだんだ。大丈夫か?」
「だーいじょーぶじゃ、ありませーん。アドルさんが……足りないの。アドルさん不足……補給しなきゃ」
ミーシャがベッドまで這うようにして辿り着くと、アドルの胸元にダイブするように倒れ込んだ。
熱い吐息と、むせ返るようなワインの香りがアドルの顔にかかる。
「あはは、ミーシャ様ぁ、抜け駆けはずるいですよぉ……」
カミラもろれつが回らないまま、アドルの反対側から潜り込んできた。彼女はアドルの腕を抱きしめると、そのまま自分の胸元に引き寄せる。
「ご主人様ぁ……私、ずっと我慢してたんですからね。今日は……逃しませんよ?」
カミラはアドルの耳たぶを甘噛みし、そのまま湿った舌でなぞる。
さらに、寝巻きの紐を自ら解き、アドルの身体に隙間なく自分の熱を押し付けてきた。
「ちょ、カミラ、激しすぎる……ミーシャも、そんなに引っ張るな!」
「アドルしゃん、アドルしゃん……私のこと、もっと見てぇ。カミラしゃんばっかり……ずるいぃ」
ミーシャは半泣きのような声で呟くと、アドルの首筋に何度も唇を寄せ、吸い付くように跡を刻んでいく。
彼女はアドルの手を自分の腰へと回させ、さらなる密着を求めて身を捩った。
「アドルさん……好き……。大好き、なんだから……」
「私だって……大好きです……。世界で一番……愛してますよ……」
両側から迫る、泥酔した二人による本能剥き出しの誘惑。
ミーシャはアドルの上に乗りかかり、乱れた寝巻きの間から白い肌を惜しげもなく晒しながら、彼の唇を求めて顔を近づける。カミラもそれに負けじと、アドルの下半身に自分の足を絡め、過激な挑発をエスカレートさせていった。
もはや言葉による制止は意味をなさなかった。
アドルは、甘い酒の香りと二人の美女が放つ熱狂に包まれながら、深い夜の中へと沈んでいった。
窓の外では、リュステリアの穏やかな月明かりが、激しく重なり合う三人の影を静かに照らし続けていた。




