第130話 : 氷の契約
爆鳴が止み、視界を覆っていた白銀の光がゆっくりと霧散していく。
広場の中心には、膝を突き、肩で激しく息をするルルの姿があった。
彼女を包んでいた黄金のオーラはすでにかき消え、その小さな拳からは煙が上がっている。
対峙するアルティメットブリザードドラゴンは、その巨躯を震わせ、胸元の逆鱗に刻まれた鮮烈な打撃痕を見つめていた。
氷の鱗が砕け、そこから漏れ出す青白い魔力が大気を凍らせている。
「……まさか、この我に一太刀、いや一拳を浴びせるとはな。認めよう。今の貴様は、ただの脆弱な人間ではない。エンシェントスライムの力を借りたとはいえ、その魂の輝きは本物だ」
ドラゴンの重厚な声が響く。
そこには先ほどまでの蔑みはなく、戦士としての敬意が込められていた。
すらたんの声が、ルルの頭の中で穏やかに響く。
「マスター、やりましたね。ドラゴンが心を開きましたよ。さあ、契約の儀を」
ルルは震える足で立ち上がり、ドラゴンの巨大な瞳を真っ直ぐに見据えた。
「ドラゴンさん……仲間に、なってくれるなの?」
ドラゴンは鼻を鳴らし、威厳に満ちた仕草で首を振った。
「仲間、か。良いだろう。貴様の覚悟、この我がしかと受け取った。魂の契約を結ぼう。だが、勘違いするなよ。我を呼び出すには、相応の対価と制約が必要だ」
龍の周囲に幾何学的な紋様が浮かび上がる。それは召喚術における魂の契約陣だった。
「まず、我を呼び出すコストはあまりに高大だ。貴様がエンシェントスライムを纏い、ステータスを極限まで引き上げた状態でなければ、我の魔力を引き出すことすら叶わぬ。そして、この巨体ゆえ、狭い場所では本来の姿を現せぬと思え」
「それは……仕方ないなの。でも、ドラゴンさんに助けて欲しい時は、広い場所を探すなの」
「ふむ。一応、人型に変化して現れることも可能だが……その場合、我の能力は半分以下にまで落ち込む。それでも良いか?」
「人型……? ドラゴンさんが人間になるなの? 見てみたいの!」
ルルの無邪気な返答に、ドラゴンは苦笑いするように目を細めた。
「浮かれるな。最後に、我は貴様と契約するが、他の人間を認めたわけではない。そして、これはあくまで対等な契約だ。我を家来のように扱うことは許さぬ。我は我の意志で貴様を助け、我の誇りにかけて戦場を支配する。命令に従うような、安っぽい主従関係を望むなら今すぐ立ち去れ」
「そんなことしないなの! ドラゴンさんは、あたしの大切な……最強の友達なの!」
ルルがそう叫んだ瞬間、魔法陣がまばゆい光を放ち、彼女の胸元へと吸い込まれていった。
契約の完了だ。
伝説の龍の魂が、小さな召喚師の記憶に刻まれた。
◇
数日後。
リュステリアへと続く帰路の馬車の中。
カタン、カタンと揺れる車内は、行きとは打って変わって穏やかな空気に包まれていた。
座席では、精根尽き果てたルルがすらたんを抱き枕のように抱え、幸せそうな寝息を立てている。
その寝顔は、龍と死闘を演じた魔法少女とは思えないほど幼いものだった。
「本当によく頑張ったな、ルルは」
アドルがルルの頭を優しく撫で、向かい側に座る三人に微笑みかけた。
ミーシャも右腕の痛みを忘れたかのように、柔らかな表情でルルを見つめている。
「ええ。あの子の成長、目を見張るものがあったわ。私たちも、負けていられないわね」
アドルは視線をずらし、少し疲れの見えるカミラとエナに声をかけた。
「カミラ、エナ。急な長旅に付き合わせてすまなかったな。二人を放っておけなくて連れてきたが、苦労をかけた」
「いえ、アドルさん。龍の里なんて、一生に一度行けるかどうかの場所ですから。エナは少し足が痛いですが、いい経験になりました」
エナが茶目っ気たっぷりに足をさすってみせると、隣のカミラが明るい声を上げた。
「ご主人様、そんな湿っぽい顔しないでください。屋敷に帰ったら、ゆっくりお風呂に入って泥のように眠りましょう! あ、そうだ、大切なことを忘れていましたよ!」
「大切なこと?」
「決まっているじゃないですか。領主と領主代行の就任祝い、まだやってません! 帰り着いたら、豪華なパーティーを開きましょう!」
カミラの提案に、エナも目を輝かせる。
「いいですね! 私、リュステリアで一番美味しいワインとお肉を仕入れておきます!」
アドルは二人の活気に押されるように、声を出して笑った。
「ああ、そうだな。盛大にやろう。リュステリアの新しい門出だ」
馬車は夕焼けに染まる道を、懐かしい我が家へと向かって進んでいく。
そこには、彼らが守り抜いた街と、新しい未来が待っていた。




