第129話 : 限界を超えた拳
吹雪が荒れ狂う広場は、もはや生物が立っていられる場所ではなかった。
アルティメットブリザードドラゴンの翼が一振りされるたび、絶対零度の冷気が大気を凍らせ、視界を白銀に染め上げていく。
「はぁ、はぁ……っ!」
ルルの肩が激しく上下する。
すらたんのオーラによって身体能力は跳ね上がっているが、それでもなお、伝説の龍が放つプレッシャーは凄まじかった。
「どうした、人間。先ほどまでの威勢はどうした」
ドラゴンが低く笑い、巨大な前足を振り下ろす。
ルルは間一髪で真横に跳んだが、地面を叩いた衝撃波だけで身体が浮き上がった。
「マスター、警告! 右後方から氷の棘が展開されます。回避行動を!」
「っ、クイックムーブ!」
すらたんの鋭い指摘に反応し、ルルは空中で無理やり姿勢を捻る。
直後、彼女がいた場所を巨大な氷の柱が突き抜けた。
「ああっ、ルルちゃん!」
外野で固唾を呑んで見守っていたエナが、悲鳴に近い声を上げる。
アドルは足元の氷を錬金術で溶かそうと足掻きながら、声を張り上げた。
「ルル、落ち着け! 相手の動きをよく見ろ!」
「頑張ってください、ルルちゃん! あなたならできるわ!」
カミラの激励が響く。
ミーシャもまた、封印した右腕の痛みに耐えながら、祈るようにルルを見つめていた。
「ルル、自分を信じて! あなたはもう、足手まといなんかじゃない!」
その声が届いたのか、ルルの瞳に再び火が灯る。
しかし、ブリザードドラゴンはそれを嘲笑うかのように、さらに激しい猛攻を仕掛けた。
「我が氷壁は、小細工などでは穿てぬ。凍てつけ!」
ドラゴンの咆哮と共に、広場全体が巨大な氷の檻へと変貌する。
逃げ場を失ったルルに対し、ドラゴンの長い尾が鞭のようにしなり、彼女の腹部をまともに捉えた。
「がはっ……!」
小さな体が弾け飛び、氷の壁に激突する。
崩れ落ちる氷の中に埋もれたルルの姿に、すらたんの声が慌てたように響いた。
「マスター! 応答してください、マスター! 各部損傷、魔力回路に乱れが発生しています。……まずい、これでは計算が……!」
「う、ぅぅ……」
ルルは震える腕で氷を押し退け、立ち上がろうとする。
口の端から一筋の血が流れていた。
全身を襲う激痛と、凍てつくような寒さが彼女の意識を奪おうとする。
「無駄だと言ったはずだ。我が鱗に傷一つつけられぬまま、ここで氷像となるが良い」
ドラゴンがゆっくりと歩み寄り、最後の一撃を加えようと大きく口を開く。
青白い光がその喉奥に集まり、最大級のブレスが練り上げられていく。
「……負けない……負けないなの!」
ルルは血を吐き捨て、地面を強く踏み締めた。
その瞬間、彼女を包むオーラがさらに激しく燃え上がる。
「すらたん、もっと……もっと魔力をちょうだいなの! 私の身体なんて、どうなってもいいの!」
「……了解しました、マスター。リミッター解除。全魔力を攻撃へと転換します。……ただし、これに失敗すれば私もマスターも消滅しますよ?」
「いいなの! いま、ここで決めるの!」
ルルは走り出した。
ドラゴンの放ったブリザードブレスが迫るが、彼女はその中心へと真っ向から突っ込んでいく。
「プロテクション、五重起動! アタックブースト、全開放なの!」
「マスター、今です! クイックムーブとエンシェントブローの同期、成功!」
ルルの姿がかき消えた。
猛吹雪を切り裂き、光の筋となってドラゴンの懐へと飛び込む。
「なにっ……!?」
ドラゴンの瞳が驚愕に見開かれる。
目の前に現れたルルの拳には、かつてないほどの高密度の魔力が渦巻いていた。
「これでおしまいなの! マシンガンブロー、からの……エンシェント・オーバー・ドライブなの!!」
ルルの小さな拳が、ドラゴンの胸元に吸い込まれるように叩き込まれた。
一度、二度ではない。
数千、数万という連撃の残像が、絶対零度の装甲を叩き壊していく。
「ガアアアアアアアアアアッ!?」
凄まじい衝撃波が広場を突き抜け、周囲の氷壁を粉々に粉砕した。
ドラゴンの巨体が、ついにはじりじりと後退し始める。
「いけぇぇぇ! ルル!」
アドルの絶叫が響き渡る。
ルルは叫びながら、最後の一撃を龍の逆鱗へと叩きつけた。
光が爆発し、視界のすべてが白く染まった。




