第127話 : 氷壁の覇者
断崖絶壁が続く龍の里の深部。
足元は凍りつき、一歩進むごとに鋭い冷気が肺を刺す。
アドルは時折足を止め、後ろを歩く二人に視線を向けた。
「エナ、カミラ、大丈夫か。足元が悪い、無理はするなよ」
「はい、アドルさん。少し息は上がっていますが、まだ歩けます」
エナが額の汗を拭いながら答える。
アドルは彼女たちの疲労を敏感に察知し、歩幅を緩めた。
今回、領主代行であるエナとメイドのカミラをこの危険な遠征に同行させたのには理由がある。
領地で万が一のことがあった際、自分の目が届かない場所で二人を守れないのが何よりも嫌だったのだ。
自分の側にいれば、どんな窮地でも錬金術で道を切り拓ける。
「……アドルさん、来るなの!」
ルルの鋭い声と共に、岩陰から六匹のミニドラゴンが飛び出してきた。
小柄ながらも鋭い牙と素早い動きで一行を翻弄する。
「ルル、右を頼む! ミーシャ、左だ!」
アドルが叫び、自らも剣を振るう。
ミニドラゴンの群れを退けた直後、今度は二体の中型ドラゴンが翼を広げて襲いかかってきた。
激しい攻防の末、それらをなんとか撃破したが、一行の消耗は激しい。
だが、本当の試練はそこからだった。
里の最奥、万年雪に閉ざされた広場に辿り着いた瞬間、周囲の空気が凍りついた。
天を突くような巨躯、全身を猛吹雪を纏ったような氷の鱗で覆った伝説の龍、アルティメットブリザードドラゴンがその姿を現したのだ。
「龍の里に、何用だ」
響き渡ったのは、地響きのような重低音。
龍が言葉を解することに、カミラが息を呑む。
「龍が……喋っているのか……」
放たれる圧倒的な威圧感。
覇気だけで空気が震え、アドルたちはその場に縫い止められた。
そんな絶望的な状況の中、小さな体を震わせながら、ルルが一歩前に出た。
「……ドラゴンさん、話を聞いて欲しいなの。私に、力を貸して欲しいなの!」
龍の冷徹な眼光が、ルルを射抜く。
「なんだ、貴様は。我ら龍族は代々、人間に仕えるなどという真似はしてこなかった。魔物の括りゆえ、魔族に手を貸すことはあったがな。今はどこの種族にも属する気はない」
龍は低く唸り、周囲の温度をさらに下げていく。
「それよりも貴様ら。我が子供たちを、随分と可愛がってくれたようじゃないか」
次の瞬間、龍の口から絶対零度のブレスが放たれた。
アドルたちは咄嗟に左右へ跳んで回避する。
「エナ、カミラ、後ろに下がっていろ! やるしかないか……!」
アドルが剣を握り直し、龍の足元へ飛びかかる。
渾身の力で斬りつけたが、響いたのは硬質な金属音だけだった。
ガキィィィィン──。
あまりにも硬い龍の鱗に、アドルの刃は傷一つ残せず弾き返された。
「なんだ、その程度か。よくこの程度で、この里に足を踏み入れようと思ったな」
龍が巨大な翼を力強く羽ばたかせる。
巻き起こった暴風が、アドルたちを木の葉のように吹き飛ばした。
「ぐわぁぁぁッ!」
「きゃあああっ!」
アドル、ミーシャ、ルルの三人が地面を転がる。
エナとカミラは近くの岩に必死にしがみつき、風に耐えていた。
「……これは強すぎる。立ち向かうのは無謀かもしれない……」
「どうします……? 一旦引きますか?」
苦しげなアドルの言葉に、ミーシャが問い返す。
だが、アドルは龍の瞳の奥をじっと見つめていた。
破壊の意思はあるが、底知れぬ敵意までは感じられない。
「嫌なの! 私はもっと、強くなりたいなの!」
暴風に逆らい、ルルが再び立ち上がる。
「何故にそこまでする必要がある。大人しくしていれば、命までは取らぬものを」
「みんな……力を貸して! アーサー、パピィ、すらたん!」
ルルの叫びに呼応し、今彼女が呼べるすべての召喚獣が姿を現した。だが、龍はそれを鼻で笑う。
「召喚士か。珍しいが、我の敵ではない。ブリザードブレス!」
猛烈な吹雪が広場を埋め尽くす。
アドルとミーシャの足元が瞬時に氷に閉じ込められ、身動きが取れなくなった。
「アドルさん、ミーシャさん……! うぅ、私はやっぱりダメなの。二人の足手まといなの……」
絶望に打ちひしがれ、ルルの目から涙が溢れそうになったその時。
彼女の周囲を、すべてを塗り替えるような眩い光が包み込んだ。




