第124話:新生リュステリア
一夜が明け、リュステリアには眩しいほどの朝日が降り注いでいた。
昨夜の惨劇が嘘のように、空はどこまでも高く、青い。
街のあちこちに戦闘の爪痕は残っていたが、アドルの錬金術と領民たちの必死の復旧作業により、街は瞬く間に活気を取り戻していった。
壊れた石畳は以前より強固に、崩れた壁はより美しく。
再生を遂げたリュステリアは、かつてないほどの輝きを放ち始めていた。
◇
屋敷に戻った五人は、静まり返った広間で互いの顔を見合わせた。
アドル、ミーシャ、ルル、カミラ、エナ。
誰一人欠けることなく、この激戦を生き抜いた。
「……本当に、みんな無事でよかった」
アドルの呟きに、全員が深く頷いた。
自然と手が伸び、五人は大きな円陣を組む。
そのまま強く、お互いの体温を確かめるように抱きしめ合った。
言葉はいらなかった。
流した汗と、乗り越えた恐怖、そして掴み取った勝利の重みが、五人の絆をより一層深いものに変えていた。
一呼吸置いて、カミラとミーシャが静かに中庭へと向かった。
そこには、かつての師であり、この屋敷で命を落としたドランの墓標がひっそりと佇んでいる。
「ドランさん、やりましたよ」
アドルが墓標の前に立ち、穏やかな声で報告した。
「リュステリアに、本当の意味での平穏が訪れました。魔族を退け、黒犬の呪いも消え去った。そして……街を私物化していた領主ヴァルゴスは、完全に失墜しました」
墓標に当たる木漏れ日が、優しく揺れる。
「ドランさん、見ていてくれますか。……今日はお祝いの日です。あんたが好きだった酒、持ってきたから」
アドルは持参した酒瓶の栓を抜き、透明な液体を墓標へとゆっくり注いだ。
ミーシャとカミラもその横で、溢れそうになる涙を堪えながら、静かに勝利の余韻に浸っていた。
「さて、湿っぽいのはこのくらいにしよう。今日は、俺たちの無事を祝って乾杯だ!」
その日は夜が更けるまで、屋敷の中で賑やかな笑い声が絶えなかった。
最高の食事と酒を囲み、五人は心ゆくまで「どんちゃん騒ぎ」を楽しんだ。
◇
翌朝。
屋敷のチャイムが鳴り、一人の男が訪ねてきた。
冒険者ギルドのギルドマスター、ガリクソンだ。
筋骨隆々の体に数々の戦傷を刻んだ、街の生き字引のような男である。
「ガリクソン様!? なぜここに……っ!」
出迎えたカミラが、思わず声を上げた。
普段の職場の最高責任者を前に、彼女の背筋にわずかな緊張が走る。
「ははは、そう固くなるなカミラ。今日は公務半分、私用半分だ」
ガリクソンは豪快に笑い、アドルに向き直った。
「あんたがアドルか。噂以上の面構えだな。ギルドを代表して礼を言わせてくれ。よくぞこの街を、正常な姿に戻してくれた。あんたは俺たちの英雄だ」
「いえ、俺一人の力じゃありません。仲間の支えがあったからこそです」
アドルの謙虚な答えに、ガリクソンは満足げに頷いた。
「街の奴らも、皆あんたに感謝している。……それでな、今日はこれを届けに来た」
ガリクソンが差し出したのは、重厚な封蝋が施された一通の推薦状だった。
「これは、これからこの街を担っていく『新生商業ギルド』と、我ら『冒険者ギルド』の連名による推薦状だ。中身は……あんたを次期領主に推薦するという、全会一致の総意だ」
「えっ……俺が、領主ですか? 無理ですよ、そんな大役」
アドルは目を丸くして首を振った。
だが、ガリクソンは動じない。
「ここまで領民の英雄になっておいて、それは通らんだろう? 皆、あんたの下でこの街の未来を作りたいと願っているんだ」
「だが、俺にはまだ、旅の続きや……やりたいことがあるんです」
「ああ、何も椅子に張り付いていろとは言わんさ。名前だけでいい。この街はあんたのおかげで、もう一人で歩ける素晴らしい街になっている。それに……優秀な仲間もいるだろう?」
ガリクソンは、隣に控えるカミラやエナをチラリと見た。
アドルはしばし沈黙し、仲間たちの顔を見渡した。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……分かりました。肩書きだけで良いというのなら、拝命します。ただ、エナ」
「はい? 何でしょうか」
「君には『領主代行』を任せたいんだ。受けてくれるかな?」
「え……っ? いま、なんと……?」
エナはきょとんとしたまま、完全に思考が停止した。
まさか自分が、この街の運営を実質的に任されることになるとは夢にも思わなかったのだろう。
「ご主人様、エナが混乱しています。その話は後ほど改めてしましょう。今はギルドマスターへの回答を」
カミラが苦笑しながらフォローを入れる。
アドルは姿勢を正し、ガリクソンに真っ直ぐな視線を向けた。
「至らない点が多いかと思いますが、領主の件、お引き受けします。街を空けることもあるかもしれませんが、よろしくお願いします」
「ああ、良かったよ。よろしく頼む、アドル領主。……明日、銀の天秤の屋上で一言挨拶を頼むぞ。軽い演説と就任発表だ。人は俺が集めておく」
ガリクソンは満足げに頷き、颯爽と屋敷を去っていった。
◇
静かになった広間で、アドルは改めてエナの前に立った。
彼女はまだ、信じられないといった様子で自分の手を見つめている。
「エナ、さっきの話だけど……真面目に考えてみてくれないか。この街の商業を支えてきた君なら、領主の仕事もきっと上手くやれるはずだ」
「で、でもアドルさん、私なんてただの商人見習いですよ!? 街全体の責任なんて、重すぎます……!」
エナが慌てて手を振る。
そこへ、カミラがそっとエナの肩に手を置いた。
「エナ、一人で背負う必要はありません。実務の面なら、冒険者ギルドに籍を置く私が全力でサポートします。ガリクソン様との橋渡しも、私に任せてください」
「カミラさん……」
「エナちゃんならできるよ! 街の人たち、みんなエナちゃんのこと大好きなんだから! あたしも、一生懸命応援するなの!」
ルルも身を乗り出し、キラキラした瞳でエナを見つめる。
ミーシャも優しく微笑み、エナの背中を後押しするように頷いた。
エナは一度、深く息を吐いた。
窓の外から聞こえる、活気に満ちた領民たちの笑い声に耳を澄ませる。
かつて泥に沈み、希望を失っていたこの街を、自分たちの手で救ったのだという実感が、ゆっくりと胸の中に広がっていった。
「……分かりました。私、やってみます」
エナは顔を上げ、しっかりとアドルを見据えた。
その瞳には、迷いのない強い光が宿っていた。
「やっと私、この街を……皆の笑顔を作れるんですね。アドルさんが守ってくれたこの光を、今度は私が絶やさないように、守り続けてみせます」
「ああ、頼んだぞ、領主代行」
アドルが右手を差し出すと、エナはその手を力強く握り返した。
こうして、リュステリアに本当の意味での安寧が訪れた。
錬金術師アドルとその仲間たちの物語は、新しい領主という肩書きと共に、さらなる広がりを見せようとしていた。




