第122話:断絶と共鳴
「瞬きの錬金――ッ!」
店の玄関を蹴破って入ってきたアドルが即座に指を鳴らす。
だが、静寂が痛いほどに響くだけだった。
脳裏に広がるはずの異空間の在庫が、霧の向こう側にあるように霞んで届かない。
「……っ、嘘だろ。素材が、呼び出せないのか?」
アドルは呆然と自分の手を見つめた。
ミーシャの「異空間保存」への接続が、完全に遮断されている。
共有距離の限界、十メートル。
常に隣に彼女がいたから忘れていた、唯一にして最大の弱点だ。
素材も、異空間内の爆速演算も、今の彼には使えない。
「あはは! どうしたの? 急に棒立ちになって。私の黒犬たちがそんなに怖かったのかしら!」
影の中からフィアが嘲笑う。
彼女はアドルの不調の理由を知らない。
ただ、目の前の男が急に隙を晒したように見えただけだ。
床から這い出した黒い泥が、アドルの足首を蛇のように搦め取る。
「しまっ……!」
武器もない。素材も呼び出せない。
アドルは泥に引きずり込まれ、床に膝をついた。
◇
一方、正面の戦場。
迫りくる騎士団を前に、ミーシャが右腕を突き出していた。
「アドルさんを追わせない。……ここから先は一歩も通さないわ!」
ミーシャが右腕を掲げる。
その瞳に宿る魔力が、加速的に高まっていく。
「『マナクイック』!」
瞬間、彼女の周囲の魔力が沸騰した。
極限まで短縮された詠唱。
黄金の二重螺旋が、これまでにない速度で右腕に編み上げられていく。
「小娘が……死ねぇい!」
残された大剣の破片を握り、ヴァルゴスが突進する。
だが、ミーシャのほうが速かった。
「『火炎』、そして『ディメンション・ブレイク』の二重螺旋!黒空炎波~!」
放たれたのは、黒い炎。
それは単なる火炎ではない。
空間そのものを物理的に叩き割る破壊力と、圧縮された熱波が螺旋を描き、ヴァルゴスの神鉄の鎧を飲み込んだ。
「なっ……!? 空間が、砕け……っ!?」
神鉄の重鎧が、内側から生じた空間の断層に耐えきれず粉々に弾け飛ぶ。
防御の概念そのものを破壊されたヴァルゴスは、衝撃波に飲まれ、白目を剥いて吹き飛ぶ。
虚飾の騎士王の、完全な敗北だった。
◇
店の内部では、絶望がエナに迫っていた。
アドルの足を泥が飲み込み、巨大な影の爪が彼女の喉元を狙う。
「アドルさん……っ!」
エナが叫び、懐から「特級霊薬」を掴み出した。
それは飲むためのものではない。
彼女はアドルの足元を覆う黒い泥に向け、力いっぱい薬瓶を叩きつけた。
パリン!
硬質な音が響き、まばゆい生命の奔流が溢れ出す。
「な……何よ、その光!?」
フィアの影が悲鳴を上げた。
特級霊薬の過剰なまでの純粋なエネルギーが、呪いそのものである「泥」を猛烈な勢いで中和していく。
アドルを縛っていた重圧が消え、彼の周囲にだけ清浄な空間が生まれた。
「エナ、助かった!」
(もしかして聖属性が弱点か!?)
アドルは泥が消えた床に転がっていた「数枚の銀貨」と、ヴァルゴスの騎士が落とした「折れた剣の破片」を素手で掴んだ。
異空間は開かない。在庫も使えない。
なら、目の前のゴミで錬成するまでだ。
「瞬きはできなくても……錬金術が俺のすべてだ!」
アドルは己の全力を手に込めた。
爆速の自動演算ではない。
自分の脳を焼き切るような、泥臭く必死な手作業の錬成。
手の中の銀貨と破片が赤熱し、たった一つの形へと収束していく。
「これでおしまいよ! 喰らいなさい!」
フィアが吠え、巨大な影の鎌を振り下ろした。
アドルは回避しない。
手作業で練り上げた、一振りの銀色の短剣を逆手に構える。
「……くっ、このままでは……」




