第111話:深める絆
リュステリアの街を覆う不穏な気配を背に、アドルとミーシャは懐かしい屋敷の門へと辿り着いた。
修行を終え、リーネの権能で一瞬にして移動した二人の目には、見慣れたはずの門扉がひどく遠い記憶の遺物のように映った。
「たった数ヶ月なのに、めちゃくちゃ久しぶりに感じるな……」
アドルが門を開け、足を踏み入れる。
そこには、数ヶ月前と変わらぬ庭の風景があった。
そして、その一角で腰を屈め、一心不乱に魔力草を摘んでいる背中が見えた。
「カミラ」
アドルの声に、その背中が跳ねるように強張った。
ゆっくりと、恐る恐る振り返ったカミラの瞳に、逆光を背負って立つ主人の姿が映る。
「え……ご主人様!?……ご主人様~~~~っ!」
カミラは持っていた籠を放り出し、泥も気にせず駆け寄ってきた。
その勢いのまま、人目も憚らずアドルの胸へと飛び込む。
「長いこと空けてすまなかったな」
「本当ですよ……! どこかで野垂れ死んでるんじゃないかって……本気で心配したんですから……!」
腕の中に伝わる震えと、胸元を濡らす熱い涙。
アドルは彼女の背中にそっと手を回し、その重みを確かめた。
この温もりを守るために、自分はあの地獄を生き抜いたのだと、改めて実感する。
「ちゃんと、強くなって帰ってきたつもりだ。……ルルはどうした?」
「ルルちゃんは今、ダンジョンに行っています。……帰ってきたら、きっと腰を抜かしますよ。さあ、お疲れでしょう。屋敷に入ってください。ミーシャ様も……本当にお疲れ様でした」
カミラは涙を拭い、ミーシャの手をギュッと握りしめた。
その手には、留守を守り抜いた者の力強さが宿っていた。
◇
屋敷のリビング。
カミラが淹れた温かいお茶の香りが、修行で張り詰めていた二人の神経を優しく解きほぐしていく。
「見た目は変わっていないのに、なんだか風格というか、纏っているオーラが全然違いますね、お二人とも……」
「そうかな? たしかに、異次元の修行ではあったけれど……ドラン様の師匠直伝だからね」
ミーシャが苦笑混じりに言うと、カミラは目を丸くした。
「えええええ! ドラン様に師匠なんていたんですか!? 知りませんでした……」
「ああ、俺たちも驚いたよ。あの人が『大師匠』だったなんてな」
そんな思い出話を交わしていると、玄関の扉が勢いよく開いた。
「ただいまーなのー! ……えっ、えっ? アドルとミーシャなの!? ふぇぇん、おかえりなの~~~っ!」
駆け込んできたルルが、二人の膝に体当たりするように抱きついてくる。
「ただいま、ルル。随分、心配と苦労をかけたな」
「ルルは、ルルは全然大丈夫だったもんっ! ちゃんとピヨちゃんと一緒にお留守番してたんだから!……ふんす!」
涙目で見栄を張るルルの頭を、アドルとミーシャは交互に撫でた。
四ヶ月という空白が、一瞬で埋まっていくような、穏やかな時間が流れる。
その夜、屋敷では二人の帰還を祝う豪華な晩餐会が開かれた。
◇
その日の深夜。
アドルの部屋のドアが、静かにノックされた。
「コンコン……ご主人様、入ってもよろしいですか?」
「ああ、カミラか。こんな時間にどうしたんだ」
ドアが開くと、寝巻き姿のカミラが立っていた。彼女は部屋に入るなり、再びアドルに強く抱きついた。
「すみません、こんな夜更けに……。皆の前では、つい強がってしまって」
「……カミラ」
「ご主人様……私、本当に不安だったんです。屋敷がなくなるかも、もう二度と会えないかもって。もしそうなったら、ご主人様に顔向けできないって、そればかり考えて……」
アドルは、彼女の華奢な体を抱きしめ返した。
その震えが、彼女が背負っていた重圧の正体だった。
「不安にさせてすまなかった。……もう、どこへも行かない」
「はい……もう、離さないでください。……私、ドラン様に言われたんです。『幸せになれ』って」
「ああ、そういってたな」
カミラはアドルの胸に顔を埋めたまま、熱い吐息と共に告げた。
「私の幸せは……ここにあります。アドルさん、私、アドルさんが好きです。あなたが居ない人生なんて、もう考えられません。どうしても……今夜、伝えておきたくて。ミーシャ様には、もう話してありますから……」
カミラが顔を上げ、潤んだ瞳でアドルを見つめる。それは、一人の女性としての、剥き出しの覚悟だった。
「……カミラ」
アドルは彼女を愛おしそうに抱き寄せ、優しく唇を重ねた。だが、カミラはその唇を離すと、潤んだ瞳で訴えかける。
「そんなんじゃ……足りません」
今までの孤独な時間を埋めるかのように、二人は互いの存在を貪り合った。
窓の外でリュステリアの夜風が吹く中、二人の情熱は夜が明けるまで止まることはなかった。




