第104話:語られざる真実
「そこのお嬢さんに問うわ。あなた、その二重螺旋……どうやって習得したの?」
少女、エルダー・リーネは、先ほどまでの攻撃的な魔圧を霧散させ、静かな、だが突き刺さるような視線を向けた。
「……リュステリアのドラン様から教わりました。ドラン様が独自に編み出した、魔力運用の極致だと」
彼女が答えると、リーネは鼻で笑い、呆れたように肩を揺らした。
「独自に編み出した? 笑わせないで。それは私が教えたものよ。あの出来損ないの弟子が、さも自分の手柄のように語り継いでいたなんてね」
「「えええええええ!!?」」
アドルと彼女の声が重なり、森の静寂を揺らした。
「ドランが、あんたの弟子……!?」
「ドランは私の弟子よ。私が今のこの器に乗り換える前、まだ人間らしい姿をしていた頃に教えた、最後で一番手のかかった弟子。……つまり、私はいわゆる大師匠ってことになるのかしらね。……で、そこのお嬢さん、名前は?」
「……ミーシャ、です」
「ミーシャね。いい術式だったわよ」
「紋章のあんたは?」
「……アドルだ」
リーネはどこか遠くを見るような目で、話を続けた。
「あの子を破門にして野に放ったのはね、あの子が魔族に対抗できる力の一端を開眼できたからよ。本来なら転生者が担うべき役目……魔族の撃退を、彼ならこの世界で唯一やれる気がしたわ。当時は大賢者なんて呼ばれていたけれど。……あの子、今は元気にしているのかしら?」
ふと漏らされたリーネの問いに、アドルは視線を落とし、短く答えた。
「死んだよ。俺たちを守り魔族と刺し違えて」
「……そう」
リーネは感情の読めない声でそう呟くと、一度だけ深く目を閉じた。
それから彼女はアドルの手元を見つめ、軽く指先を振るった。
すると、アドルの肌に刻まれていた紋章が、光となって霧散し、跡形もなく消え去った。
「選別は終わったわ。もうそんな不快な印は必要ないわね。」
アドルは消えた紋章の跡をさすりながら、リーネを真っ向から見据えた。
「すべて話してくれ。あんたが何者で、この世界がどうなっているのか。禁書庫で見たことも含めて、全部だ」
「いいわ。長くなるわよ? 覚悟して聞きなさい。これは、神に見捨てられたこの箱庭の、最初の物語よ」
リーネはゆっくりと歩き出し、切り株に腰を下ろした。その姿は少女だが、放たれる言葉には数千年の重みが宿っていた。
「まず、あんたが禁書庫で見た廃棄記録。……あれは事実よ。あんたはこの世界に何人の異邦人が招かれたと思っているかしら? 記録に残っているだけでも数百人。そのほとんどが、この世界の歪みに耐えきれず、あるいは私の期待に応えられずに消えていった」
彼女は霧に包まれた森の深淵を見つめる。
「この世界──この大陸はね、アドル。とっくの昔に一度、滅びているのよ。今あんたたちが立っているこの大地も、吸っている空気も、空に輝く太陽も、そのすべてはオリジナルではないわ。数千年前、強大すぎる魔族との戦争、あるいは理の崩壊によって、この世界は終焉を迎えた。それを惜しんだ当時の管理者が、禁忌の森を中心として、世界を丸ごと複製したのよ」
リーネは地面の土を掬い上げ、パラパラと落とした。
「だけど、複製品はどこまでいっても複製品。オリジナルではないというその事実が、この世界に逃れられない劣化をもたらしているの。そして、その劣化から生じる致命的なエラー……それこそが、あんたたちが戦っている魔族の正体よ」
衝撃の事実に、アドルは息を呑んだ。
「魔族は世界が崩壊へと向かう過程で漏れ出す毒のようなもの。放っておけばエラーは増殖し、世界そのものを食い破って崩壊させる。それを防ぐために、外部から新鮮な魂……転生者を呼び寄せ、対抗できる戦力として育成し、魔族を撲滅させ続けてきた。私が転生者を確認し、選別し、時に冷酷に切り捨ててきたのは、すべてはこの偽物の世界を維持し、エラーによる完全崩壊を防ぐためよ」
「……じゃあ、20年前の事件もそうなのか? 王妃が殺され、救援を求めたのにあんたが静観したのは……それも世界の劣化を止めるためだったのか?」
リーネの表情が一瞬だけ、酷く歪んだ。
「20年前……。あの時、世界はかつてないほどの劣化の波に襲われていた。禁忌の森の力をすべて維持に回さなければ、大陸全土が消滅する瀬戸際だったの。私は、一人の王妃の命と、数百万の命を天秤にかけ……森の門を閉ざした。恨みなさい。それが管理者の選んだ選択だったのだから」
彼女は自嘲気味に笑い、先ほどまで紋章があったアドルの手を指差した。
「あんたは、私がその複製錬金術を与えたと思っているのかしら? だとしたら買い被りすぎよ。スキルを与えるのは、あちら側の神の領分。私はただ、放り込まれた魂を受け取るだけ。あんたが複製という、この世界の成り立ちそのもののようなスキルを持って現れたのは、ただの偶然。あるいは、神の皮肉ね。でも、だからこそ私はあんたに賭けてみたくなった。あの子……ドランが繋いだ二重螺旋の術式。そしてあんたの持つ偶然の力。それがこの腐りかけた箱庭を、エラーごと正しく上書きするのか、それとも終わらせるのか。それを見極めさせてもらうわ」
リーネは話を終えると、深い沈黙の中に身を沈めた。
森を抜ける風だけが、彼女の告白の重さを物語っていた。




