第103話:屋敷の奪還と禁書庫
乱暴に門を叩く音が、屋敷の静寂を無惨に引き裂いた。
門の外ではギルバートが数人の屈強な衛兵を引き連れ、勝ち誇ったような下卑た笑い声を上げている。
「おい、時間だ! 出てこい、泥棒猫ども。約束の金が用意できないなら、今すぐその薄汚い荷物をまとめて失せろ!」
カミラはゆっくりと立ち上がった。
一晩中凍える部屋でルルを抱きしめていた体は芯まで冷え切っていたが、その瞳には昨日までの絶望は微塵もなかった。
彼女はリビングの中央に置かれた重厚な二つの革袋を両手に持ち、毅然とした足取りで門を開けた。
「あら、ギルバート。随分と早起きなのね」
「ふん、往生際が悪いな。どうせ一銭も用意できていないのだろう? さあ、そこをどけ!」
ギルバートがカミラの肩を掴んで退かそうとした、その時。
カミラは手にした袋を彼の足元に叩きつけた。
ドサリ。ドサリ。
紐が解け、中から溢れ出したのは朝日に輝く眩いばかりの黄金。
「……なっ、金貨……!? バカな、どこからこんな額を……!」
ギルバートの顔が驚愕で土色に変わる。
彼は慌てて膝をつき、必死に金貨を数え始めた。
王都の刻印が入った最高品質の金貨。
それを前にして、彼は言葉を失った。
「金貨二百枚。……文句ないわね? さっさと受け取って、二度とその不快な面を見せないで。次は、アドルさんが帰ってくるわ。その時は、あなたが税を払う番になるかもしれないわね」
カミラが鋭く言い放つと、ギルバートは呪詛の言葉を吐きながら、逃げるように去っていった。
彼らの姿が見えなくなると同時に、カミラは安堵で崩れ落ちそうになるのを必死に堪えた。
そこへ、一台の荷馬車が近づいてくる。
「カミラさん! 無事ですか!こんな事もあるとおもってマナバッテリーは売らずに置いておいたんです!」
走ってきたのは商人モルガンだった。
彼の荷台には、昨日取り外したばかりのマナバッテリーが大切に布に包まれて載っていた。
モルガンの協力でバッテリーが再設置されると、屋敷に柔らかな熱が戻っていく。
ルルが床に寝転び「あったかいなの」と声を上げる中、カミラはアドルからの手紙を読み返した。
『カミラ、ルル。すまない、俺の不在のせいでこんな思いをさせてしまった。情けない主人を許してくれ。必ずすぐに帰る。その時は、ギルバートをただでは済まさないと誓う。まずは早急にマナバッテリーを買い戻せ。今ならまだ質にあるはずだからすぐに買い戻せるだろう。……本当に、すまなかった。』
カミラは手紙の端を指でなぞり、帰ってきたらたっぷり文句を言ってやろうと心に決めた。
◇
王都、地下図書館の禁書庫。
アドルは、自分の紋章でしか開かない重厚な石扉を抜け、その内部へと足を踏み入れていた。
そこは知の殿堂というよりは、冷酷な管理記録が眠る墓場のようだった。アドルはそこで、いくつかの断片的な真実に触れる。
歴代の「異世界転生者」たちの廃棄記録。
その中には、レベルアップ速度二倍という破格の恩恵を持ちながら魔族に敗北した勇者の無残な末路等が記されていた。
そして、この世界が禁忌の森を中心とした「複製」によって成り立っているという不自然な地図。
極めつけは、二十年前の王妃殺害事件の際、救援要請があったにもかかわらず禁忌の森が「静観」を決め込んでいたという記述だった。
「……あの大婆様は、俺たちをただの実験動物だと思ってるのか?」
アドルは怒りと不信感を抱えたまま禁書庫を後にし、ミーシャと合流した。
もはや王都に用はない。
アドルはすべての決着をつけるため、禁忌の森へと向かった。
◇
深い霧が立ち込める森の入り口で、二人の前に一人の少女が現れた。
若く、透き通るような肌をした美しい少女だが、その瞳には年齢に見合わない深みがあった。
「大婆様に会いに来たのでしょう? 案内してあげる。ついてきなさい」
少女は淡々と歩き始める。
アドルとミーシャは警戒しながらも後を追ったが、森の奥深く、視界が開けた瞬間に空気が一変した。
少女がいきなり振り返り、目にも止まらぬ速さで鋭い一撃を放ってきたのだ。
「なっ……!?」
アドルは即座に盾で防ぐが、衝撃で腕が痺れる。
少女の攻撃は止まらない。
高密度の魔力弾が次々と撃ち込まれ、アドルとミーシャは防戦一方に追い込まれる。
「そんなもの? 資格者なんて、所詮はこの程度なのね」
少女の冷徹な声と共に、さらに巨大な魔力障壁が二人を押し潰そうとする。
アドルが持てるすべての錬金道具を駆使しても、彼女の底知れない力には届かない。
絶体絶命のその時、ミーシャが必死の形相で呪文を紡いだ。
それは、ドランが以前教えた二つの術式を螺旋状に絡み合わせる高度な技。
「二重螺旋詠唱……!?」
ミーシャの放った激しい光の渦が、少女の魔力を相殺し、その足を止めさせた。
少女は驚愕に目を見開き、構えを解いた。
「……信じられない。それを、あなたが独力で……?」
少女の姿が揺らぎ、発せられる魔圧が穏やかなものに変わる。
「……合格よ。今の攻撃を凌ぎ、その術を見せたのなら、話す価値はあるわね」
「あんた……何者だ?」
アドルの問いに、少女は不敵な笑みを浮かべた。
「私が、あなたが会いたがっていた大婆様本人よ。この体は一時的な器に過ぎないけれど」
少女──大婆様は戦闘を止め、森のさらに奥にある質素な家へと二人を招き入れた。
「座りなさい。この世界の偽物のような成り立ちと、私がなぜあなたを選んだのか……そのすべてを話してあげるわ」
そう語り始めた彼女の瞳には、永い年月を一人で耐えてきた管理者の孤独が宿っていた。




