第二十一章「新たな神話」
理容神が消えた後、一刀は混沌の床屋——今は「神楽の床屋」と呼ばれている——を出た。
外では、村人たちが待っていた。
「神楽殿……!」
「理容神は……?」
「解放した。彼は、元の世界に帰った」
村人たちがざわめいた。
「理容神が……消えた……?」
「ああ。だが、彼の技は俺が引き継いだ。この世界に、理容を広める。それが、俺の役目だ」
老人が前に出た。
「神楽殿……あなたは、新しい理容神になるのですか」
「理容神?」
「千年前の理容神と同じように、この世界に清潔をもたらす存在……」
一刀は首を振った。
「俺は神じゃない。ただの理容師だ」
「でも——」
「理容は、特別な者だけのものじゃない。誰でも学べる。誰でも身につけられる。俺は、それを広めるだけだ」
村人たちは顔を見合わせた。
「教えてくれるのですか……? 私たちに……?」
「ああ。今から始める」
一刀は村の中心に立った。
「理容の基本は三つ。カット、シャンプー、シェービング。これを覚えれば、穢れを祓うことができる」
村人たちが集まってきた。一刀は実演を交えながら、技術を伝えた。
「ハサミの持ち方はこう。刃の角度はこう。髪を引き出す方向はこう……」
講習は夕方まで続いた。村人たちは熱心に学び、メモを取り、質問をした。
「ありがとうございます……これで、私たちも……」
「まだ始まったばかりだ。技術は、練習を重ねて身につけるものだ」
「はい……精進します……」
その夜、一刀は焚き火を囲んでセリーヌと話した。
「これからどうするんだ」
「王都に戻る。蒸野とハジメが待っている」
「それから?」
「この世界中に、理容を広める。村から村へ、町から町へ。誰もが清潔を保てる世界を作る」
「大変な仕事だな」
「ああ。でも、一人じゃない」
一刀はセリーヌを見た。
「お前も、手伝ってくれるか」
「もちろん」
セリーヌは微笑んだ。
「私は、貴方に救われた。その恩を返すために、何でもする」
「恩返しなんかいらない」
「でも、したい」
一刀は小さく笑った。
「……わかった。頼む」
王都への帰路は、行きよりも短く感じた。
道中、一刀たちは各地の村に立ち寄り、理容の技術を伝えた。手洗いの方法、髪の洗い方、簡単なカットの仕方——基本的なことから丁寧に教えた。
「ありがとうございます……」
「うちの村にも、来てください……」
「もちろん。時間がかかるかもしれないが、必ず行く」
一刀の名は、瞬く間に広まった。「穢れを祓う理容師」「新しい理容神」——人々は彼をそう呼んだ。
「理容神じゃないって、何度言えばわかるんだ……」
「諦めた方がいいですよ。人々にとって、貴方は神なんです」
「……」
王都が見えてきた。
城壁の前には、人だかりができていた。何事かと近づくと——
「神楽さーん!」
蒸野の声だった。
「おかえりなさーい!」
ハジメも一緒だ。二人とも、満面の笑みを浮かべている。
「……ただいま」
一刀は馬から降りた。
蒸野が駆け寄ってきて、一刀に抱きついた。
「心配したんですよ……! 連絡もなしに……!」
「悪かった」
「約束したのに……絶対帰ってくるって……」
「帰ってきただろう」
「はい……」
蒸野は泣いていた。一刀は彼女の頭を撫でた。
「俺も、みんなに会いたかった」
ハジメも近づいてきた。
「神楽さん、お疲れ様でした」
「ああ。お前たちも、よく店を守ってくれた」
「いえ……当然のことです」
「当然じゃない。お前たちがいなければ、俺は安心して旅に出られなかった」
ハジメの目が潤んだ。
「ありがとうございます……」
一刀は仲間たちを見渡した。蒸野、ハジメ、セリーヌ——そして、王都の人々。
「さて」
一刀は言った。
「これから、やることが山ほどある」




