真夜中の静謐
「皆様」
静まり返った天幕の下
テント全体を視渡しながら、おどけた服装をした白塗りの男が言う
「今夜も、最後の演目となってしまいました」
『この素晴らしいショーが終わる』という一つの現実
仮面を付けた観衆の溜息が、夜の色をガス灯でも照らせない程に昏く変えていく
しかし、ウインチの駆動音と共にロープが降りてくると、観衆の嘆息は直ぐに熱烈な歓声へと塗り変えられていった
ロープの先端はハングズマンノット──生命を終了させる為の形状に結ばれて居る
そしてそれが種も仕掛けも無い、当サーカスの最終演目でもあった
万雷の拍手の中
天井に程近い足場の上で、燕尾服を着た仮面の技師が一礼する
拍手の音が一層強まったように思えた
技師の足元には大きな袋のようなもの
そこからは小綺麗なズボンの脚、そしてその先にある透き通る色の骨張った足首と、柔らかで美しいであろう事を予感させられた足の先を包む、よく磨かれた革靴が微動だにする事もなく突き出ている
多くの場合、こうした演目には美少年が使われる事が多い
袋に包まれた素顔はどんな表情をしているのか
はたまた、深い眠りの世界にいま彼は居るのか
観客の誰もが、想像に胸を膨らませて居た
ゆっくりと降りてきていたロープが、技師の眼前で停止する
技師は足元の袋を抱えあげると、「それでは………」と呟きながら、期待を煽る様にテント内の総ての観客をぐるりと視回した
次の瞬間、前触れもなく袋詰めの少年が足場から滑りだし、宙吊りになった
悲鳴
歓声
拍手
どよめき
様々な反応が天幕の下で壮大な演劇のように繰り広げられたが、それらが示すのは総て『驚嘆』だった
通常、こうまでもテンポ良く絞首を行えば、犠牲者は即死を免れない
全身の重みが一点だけにかかり、首が折れてしまうからだ
しかし先程の滑りだしはまさしく『滑りだし』ながら少年を宙に送り出した為、そうした重篤な損傷を与えない絞首を行う事が出来たのだ
その技術だけでも、眼の肥えた観衆を驚嘆させるに足るものだった
のみならず、『語り』で自らに注目を向けた一瞬のうちに首吊り紐を少年に巻き付けた、手際も人々を驚かせて居た
技術的には手品に類するものだ
こうした『視せ方』に対するたゆまぬ工夫も、当サーカス特有のものだった
どよめいていた観客は直ぐに落ち着きを取り戻すと、固唾を飲んで宙に揺れる少年を視守った
観劇には観劇のマナーが有る様に、この場ではそうするのが相応しいからだ
とはいえ、ここからはサーカス慣れした好事家達にすら未知の領域だった
一般的な首吊りの演目では犠牲者の顔を覆う袋など存在しない
犠牲者の苦悶の顔も、ステージに華を添えるスパイスと考えられて居るからだ
加えて、このステージに於いては悲鳴すら無粋であると技師には捉えられて居るらしく、少年の声すらがテントにこだまする事は無かった
恐らく口に詰め物をされているか、猿轡を噛まされて居るのだろう
少年は両足でよじれたダンスを踊りながら、それでも一声も発する事が無かった
ぎっ
ぎっ
と、ロープの立てる音だけが、唯一の音楽だった
少年が暴れるので、彼の躰は振り子の様に観客達の真上で揺れ続けて居る
両手は後ろ手にされて手錠をされているので、震えながらもそれ以上動く事は無い
哀れにも擦れた手首には血が滲んで居たが、その無惨さの中にも静寂の美が顕現して居た
いまこの時、観客は即ち混じり気の無い『美』を視せられて居るのだ
少年のダンスは永遠にも思える程に続くかに思えたが、次第に弱まっていく
最後に袋の、顔を覆っているであろう部分が大きく紅く染まると、それを合図に少年はぴくりともしなくなった
空中ブランコの様な振り子運動が、少しずつ小さくなっていく
それは彼自身の終わりでもあり、本日の演目総ての終わりも意味していた
溜息がテントに満ちていった
しかし、今度のそれは観客達の精神的充足を意味するものだ
静かに、しかし大きな地震の前触れのように確実に、拍手が客席に広がっていく
天井から吊るされた
今や屍肉と化したものが
死後硬直を起こして、びくんと震えた




