お人形アソビ
愛している。
「わたしを殺して、楽しかった?」
「ああ、とても」
「ならいいわ」
わたしの人形はそう呟いて、そのまま活動を停止した。最近流行の、一山幾ら、という安物ではないから、そう簡単に壊れるハズはない。どうやら、バッテリーが切れたようだ。充電したのが一週間前だったので、無理も無い結果だ。
わたしは背中のコンセントに、充電用のプラグを差し込む。びくん、と跳ねる細く白い四肢は、まるで人間のようだ。発注したタイプが、極力人間に似せたヒューマンタイプなのだから、当たり前の話だが。
電流が流れる瞬間の痙攣だけで、人形はそれ以降身動きもせずにそこにいる。バッテリーが切れると同時に電源も落ちているようだ。ぴくりとも動かないその人形の肌に、うっすらとナイフで切れ目を入れる。ぷつぷつと紅い液体が溢れ出てきた。ただのオイルだが、その粘性と色は、まるで本物のそれのようで、自分がそうやろうとした意思の元であったのにも関わらず、酷く気持ちが悪い。
裂かれた痛みを感じる様子は、人形には無い。それはそうだ。人間ではないから。
先ほどわたしが力いっぱい占めた首には、あざも残らない。人形だから。
わたしは別に殺人が趣味なわけではない。苦しむ顔が見たいから、などと唾棄すべき異常な思考もない。ただ、あんまりこの人形が人間のようだから、怖くなったのだ。
ピピッ
充電が完了しました、と人形の口が動いた。それは、記録されたプログラム。自分の意思ではない。だって、人形なのだから。
先ほど動いた唇は、例えばキスをしても気持ちよいと感じるくらいの弾力に計算されている。
柔らかな肌も、つややかな黒髪も。全て、性的な意味で満足させるように、それこそ様々な欲求に耐えられるように、全て造られた。
わたしの愚かな我侭を全て受け止め、呑み込む器は、目を閉じて起動されるときを、静かに待っている。
放っておきたい。放したくない。目を開けたせたい。目を開けないで欲しい。
わたしは、その体を抱きしめた。柔らかかった。けれど、固かった。どこか拒否されたようで、とても悲しい。拒否されても、わたしは彼女が好きだった。だって、そうだろう。ずっと一緒にいたのに。なのに裏切るなんて、考えもしなかったのだ。だって、あんなに愛し合っていたのに。愛し合って、想い合っていたのに。
信じられなかったんだ。だってそうだろう、なあ、答えろよ。どうして答えないんだ。
わたしは、柔らかなその頬に触れる。彼女の頬の弾力によく似ていた。彼女はもうこんなに柔らかくない。彼女に似せたロボットは、わたしに目覚めさせられる時を待っている。
今から思えば、わたしは幼い頃よりロボットを特別な意味で見ていたと思う。性的な対象にも、好意の対象にも、何か機械的なものが存在していた。そんなときに出会った彼女は、わたしにとって最高の女性だった。ロボットに対する造詣も深く、わたしとの話も合う。天が使わした、と非科学的なことを本気で考えていた。
けれど、あの日、いつもの研究室で見た彼女は、わたしの金庫からデータを盗んでいる最中だった。問い詰めた彼女は、言った。
『あんたは結局ロボットしか愛せない異常者なんだわっ!』
何でそんなことを言うんだ。わたしは、本当に愛していたのに。
まるで、ロボットみたいな君を、本気で愛していたのに。
わたしは、ロボットに向かって微笑む。彼女によく似せて造った人形は、その長い睫毛を伏せてわたしが起動するときを待っている。ああ、そこに居たのか。
わたしは、笑う。泣きながら、けれど笑う。一体どこで間違ってしまったのだろう。ただ、わたしは彼女を愛していた。紛れも無く愛していた。それのどこが、ああ、どこが。
わたしは、部屋の隅に転がる彼女を見つめる。腐敗が進んだ体は、もう崩れてしまった。ところどころに見える骨が、妙に白くて、彼女の肌の白さを思い出させた。ああ、ごめんね。ごめんね、愛してるよ。
わたしは、彼女を起動させる。起動ボタンは、首筋だ。かすかに感じる突起に、力を入れる。こうしていると、まるで口付けを強請っているかのようだ。ああ、本当はずっとこうしたかった。
彼女を、愛して、愛して、愛していた。それは、本当だったのだ。神に、誓ってもよい。主よ、わたしは彼女を愛している。
ゆっくりと開かれる瞼。その瞳孔にわたしを見つめる。ああ、幸せだ。とても。
「マスター、ご命令を」
「わたしを、殺してくれ」
すぐ、側に行くよ。
お人形アソビは孤独なもの。
あったかくなんてなれないの。
だって、生まれるものはなにもないから。