(5/8) 後へ後へ。過去に向き合う(前編)
「笹崎ちゃん。最近彼女が出たって?」
とジェヨンがニコニコしながら聞いてくる。
「ただの友達ですよ」
と笹崎は答える。まぁ嘘は言っていない。今はまだ友達だ。
「そう言うジェヨンさんはどうなんですか?」
「俺?俺は気ままなシングルよ」
「ジェヨン。あんた、この前の打ち上げの時、泣いてたじゃん。昔の彼女思い出して」
いつの間にか大神リリーが後に立っていた。
「笹崎、聞いてよ。こいつ、デカい身体なのに臆病者で彼女に告白できなかったのよ」
リリーがジェヨンの背中を叩く。
「あのときは自分も日本に来る事が決まっていたし、彼女もソウルに仕事が決まっていたから束縛することができなかっただけでね」
「ジェヨン。あんた、馬鹿じゃないの。付き合う事は束縛じゃないでしょう。仕事はリモートでできるし、あんたが言ってるのは告白できなかった自分に言い訳してるだけよ」
「リリー、あいかわらず厳しいな。俺もできる事ならやりなおしたいよ」
「ジェヨンさん、今からでも告白したら良いんじゃないですか?」
あまり深く考えずに笹崎は言った。
「それ面白そうだから、やってよ。私たち全員で応援するから」
「いやな予感しかないぞ、それ」
「そもそも、ジェヨン。彼女と最後に会ったのはいつなの?」
「1年前、ソウルで一緒に食事して地下鉄の改札で別れたのが最後。単に、じゃあ、とか言って別の改札にそれぞれ入った。あの時、呼び止めるべきだったんだよなぁ」
ジェヨンは真剣に悔やんでいるようだ。
「よし、過去に戻ってその場面をもう一回やろう」
「リリーさん、もしかしてタイムマシンストリートビューですか?」
「あら、笹崎よくわかったわね。好きな場所の好きな時間に戻ってその場にアバターでログインできる奴。アバターと言っても、これは現実の姿と同じものを使うけどね」
「それ、リリーさんが今仕事でやっている奴じゃないですか。テスト兼ねようとか思って無いですよね?」
「楽しければ何でもいいのよ」
「不安しかないです」
何か大神リリーの勢いに巻き込まれた感じもするが、3日後の18時にタイムマシンストリートビューの件の地下鉄の前に皆集合することになった。
ジェヨンの元カノ、チェ・ウンオクさんというらしいが、その彼女への連絡は笹崎がすることになった。というか、リリーに押し付けられた。
その当日の17時40分。笹崎たちは早めに該当ポイントにログインした。
ソウルの地下鉄の改札前が完全に再現されている。人々も普通に行き来しているし、そこにやって来たリリーとジェヨンも現実と変わらない。
「これ、現実と全く変わらないですね。どれだけのデータ容量使っているんですか」
「リアルタイム生成だから全然容量食ってないわよ」とリリーが涼しい顔をして言う。
「1年前に時間設定したら風景やあんた達の顔もちゃんと1年前になるから安心してね」
それは安心とは関係ないだろう。一番気になるのはウンオクさんが本当に現れるかだ。
そう笹崎が心配しているうちに18時になり、果してウンオクさんはやって来た。ただ1人ではなく、その横に同じくらいの年齢の男性もいた。背が高いスマートな男だった。