9話 ひまりちゃんと仕事
チュー、てキスのことだよね……?
恋人ごっことして、手を繋いだりハグまでは幼いひまりちゃんとしても問題はない。けど、さすがにキスまですれば問題だ。
特に未成年に手を出す大人という意味で。
私の悠々自適なまったりライフが、塀と鉄格子に囲まれたプリズンライフになってしまう。
「ひまりちゃん……恋人ごっことはいえ、キスはダメ。女の子なんだから、本気で好きな相手にしないと。わかった」
「……やだ、菜乃花とする! チュー、する……!」
バタバタと暴れるひまりちゃん。
「あ……」
ひまりちゃんが私の膝から落ちそうになる。
私は咄嗟に支えようとするが体勢を崩して、椅子から落ちた。
く、ひまりちゃんは守る……!
ひまりちゃんを抱きしめて、私は背中から落ちた。
「っ……」
背中に衝撃と痛みが走る。
「菜乃花……! 菜乃花……!」
目を開けると、ひまりちゃんが目に涙を浮かべて、私に擦り寄っていた。
「……ひまり、ちゃん」
見た感じ怪我は無さそうだ。
守れて良かった。
大きな音が聞こえたのか、宮村さんがこっちに駆け寄ってきた。
「星川さん、だ、大丈夫?」
「えーと……痛いですけど、どうにか……」
打ったのは背中だけで、幸い頭は打たなかった。
「菜乃花、ごめんなさい……!」
「ひまりちゃん……」
ひまりちゃんがポロポロと涙を落とす。
こういう時、私はなんて言葉を掛ければ良いか分からない。面倒ごとが嫌いで、人と付き合うのも避けてきたから。
ただ、私はひまりちゃんに泣き止んで欲しかった。
私はひまりちゃんを抱き寄せると、頭を撫でた。
「大丈夫だから……」
本当は背中が痛い。
顔を歪めたいのを我慢して、笑顔を浮かべる。
「本当に?」
「……本当」
ひまりちゃんは私の顔をジーと見つめてくる。
「嘘……菜乃花、我慢してる……!」
「えー」
作り笑顔をすぐに見抜かれるなんて。
どうしたら……と、対応に悩んでいると、ひまりちゃんが拳を握り締め、真剣な眼差しで言った。
「菜乃花の代わりに仕事をする……!」
***
病院に行った結果、軽い打撲だった。
一週間程度安静にしてれば治るとのこと。
普通の会社なら、労災で休ませてくれるかもしれない。叔母さんからも「休んでも良い」と、言われているが勤勉な私は身体に鞭打って図書館に出社するのであった。
「……」
訂正、本当はひまりちゃんの私の代わりに働く宣言が気になって、出社せずにはいられないのだ……!
「星川さん、無理しないで……何かあったら言って」
「宮村さん……」
今日の宮村さんはシスター服だった。
思わず懺悔やら相談事をしたくなる。
私が館内を巡回していると、ひまりちゃんが近づいてきた。
「よっ、元気?」
「元気……私も仕事手伝う」
「いや、手伝うと言っても……」
「やる……! 絶対にやるの!」
「そう……」
ダメだと言っても付いてきそうだ。なら、手伝ってもらった方が良いか。
「じゃあ、まずは一緒に巡回しよう」
「じゅん……かい?」
「あー、図書館に汚れとか落書きとかないか、見ることだよ」
「……わ、わかった」
ひまりちゃんと一緒に館内を回る。
異常なんて見たことないし、見つけたとしても、落とし物くらいだ。
ひまりちゃんは屈んでテーブルの下を覗き込んでいた。さらに、本棚と本棚の隙間を覗いている。
「おお……」
真面目だ。
私なんて、さらっとお散歩して終わりなのに。
巡回が終わり、今度は受付だ。
「菜乃花はこっち」
ひまりちゃんは椅子を持ってきて、受付の椅子の隣に置いた。
ひまりちゃんの用意してくれた椅子に座ると、ひまりちゃんが受付の椅子に座る。
「……」
どうやら、本気で受付をやるようだ。
まあ、受付って言ってもやることないし。
たまにくるお客さんに、本の貸出対応をしたり、図書館利用のカードを作ったりするくらいだ。
ひまりちゃんはピンと背筋を伸ばして座っていた。
「ひまりちゃん、そんなに気張らなくても大丈夫。リラックスして」
「でも……菜乃花の代わりに頑張らないと……」
健気な子だ……!
「良い、ひまりちゃん。仕事は常に全力でやってはいけないの。どうしてかわかる?」
「えーと……」
ひまりちゃんは悩んだ後、首を横に振った。
「常に全力でやると、一日もたないから。だから、手を抜けるとこは手を抜く、トラブル対応とかは全力で取り組む。じゃないと労働という名のマラソンは耐えられないから、ね」
まあ、全力なんて出したことないけど。
「うーん……」
話が難しかったのか、ひまりちゃんは首を傾げていた。
「まあ、いつか分かる日が来るよ。だから、今はそんな気張らずに、本でも読みながら気楽にやろうてこと」
「……うん、わかった」