7話 恋人ごっこ
図書館で働く日々も慣れてきて、今日も館内を巡回していると、ソファーにひまりちゃんが座っていた。
最近では見かけたら声を掛けてくれたり、わざわざ私のことを探しにきてくれる。まるでアヒルようだ。だが、今日は様子がおかしい。
いつもの分厚い本ではなく、文庫本を読んでいた。
顔を赤らめたり、手を目で隠したりしていた。
「……」
怪しい……!
私は足音を立てずに近づいて、文庫本の表紙を覗き込む。
女の子同士が絡み合っているイラストが表紙に描かれていた。しかも「R18」の指定のロゴが。
「ひまりちゃん」
「わっ……な、菜乃花……!」
ひまりちゃんはあたふたとして本を取り落とした。床に落ちた本を私は回収する。
「興味あるの?」
「……な、ない……!」
顔を赤らめて、視線を逸らした。
「さっきまで、興味津々に読んでたのに?」
「……よ、読んでないもん……!」
あ、ひまりちゃんが泣きそうだ。
これ以上は揶揄うのはよそう。
それに、うちの本棚に紛れ込んでいたのが悪いし。
「菜乃花は……その……」
「うん?」
ひまりちゃんの言葉の続きを待つ。
「こ、恋人、いる……?」
さっきの本の影響か。
「うーん……どう思う?」
「い、いると思う……」
「へー、どうして?」
「菜乃花は……優しいし、可愛いから……」
可愛いね……そんなこと初めて言われた。
髪はボサボサだし、服装だっていつも適当だ。
可愛いと思われたいわけじゃないけど、言われると心に響くものがある。
「ありがとう……けど、恋人はいないよ」
「本当……?」
「うん、本当」
私に恋人、出来るわけがない。
恋人よりもダラダラと過ごす休日が好きだ。
「……じゃあ……キスは?」
「……それもないよ」
「そっか……」
恋愛経験皆無でごめんよ。この手の話は宮村さんに振ってくれ。
宮村さんは人と話すのが苦手だから、恋人いる可能性は低いけど。
「そう言う、ひまりちゃんはどうなの? 恋人いるの?」
「……い、いないよ」
「あ、好きな人は?」
「……ひ、秘密」
「えー」
この反応、好きな人いるね。
めちゃくちゃ気になる……!
私はひまりちゃんの隣に座った。
「いい、ひまりちゃん。私には恋愛経験はない。けど恋愛の知識なら豊富にある……!」
そう、恋愛ゲーム(R18含む)で培った恋愛知識が……!
「だから、ひまりちゃんが恋をしてるなら、アドバイスできるよ」
「……」
ひまりちゃんは顔を俯かせた。
悩んでいるのかな、と少し待っていると、ひまりちゃんが指をもじもじさせながら、答えた。
「好きな人は、いない……でも、恋が気になる……」
「なるほど」
恋に恋する年頃か。ひまりちゃんも女の子だね。
私にもそんな時期が……あった……かな?
「だから、その……恋人ごっこがしてみたい」
「恋人ごっこね」
「菜乃花と」
「私とか……」
恋人ごっこ。
おままごとみたいなものか。
「……ダメ?」
ひまりちゃんが目に涙を浮かべて、訴えかけてくる。
くっ、そんな必殺技いつ覚えたんだ……!
「仕事が暇な時なら」
「……ありがとう……いつ暇?」
「えーと……今かな」
むしろ、忙しい時の方がない。
「……今から始める」
「えーと、了解」
で、恋人ごっこて何をすれば良い?
「菜乃花」
「何?」
「名前、呼んだだけ……」
「……」
可愛いじゃないか。
「その……手、繋ぐ……」
「はいよ」
手を差し出すと、ひまりちゃんは恐る恐るといった様子で手を握った。
私の手は爆発物か、何かか?
「えへへ……」
「……」
ちっこい手。
慎重に扱わないとぽっきり折ってしまいそうだ。
「……次は?」
「次……次は……デート!」
「デートね」
「うん……あそこで待ち合わせ」
ひまりちゃんが指差したのは、バルコニーの前だった。
「私が待つ……」
ひまりちゃんはソファーから立ち上がると、バルコニーへ向かって行った。
私もゆっくりと後を追う。
「お待たせ」
「……い、今来たとこ……えへへ」
このやり取りをしたかったんだろうな。
「じゃあ、行こうか」
「……む」
「えーと……ひまりちゃん?」
ひまりちゃんは頬を膨らませていた。
くっ、選択肢を間違ったか……!
「……褒めて」
デートでオシャレをしてきた女の子を褒める。ギャルゲーで良くあるパターンじゃないか……!
「……」
でも、ひまりちゃんいつもの服装なんだよな。
よし、ここは少し遊び心を加えよう。
「まるで、女神が地上に舞い降りたかのようだ」
うん、自分で言ってて恥ずかしくなってきた。
こんなキザ百パーセントのセリフ、リアルで言う人いないよ……!
「……嬉しい」
あれ? ひまりちゃんが顔を真っ赤にして喜んでた。
ひまりちゃんこういうのが好きなの?
将来、ホストに引っ掛からないか心配になる。
「じゃ、じゃあ……行こうか……!」
「……待って」
歩き始めようとすると、ひまりちゃんから声が掛かる。
「手、繋ぐ」
「あ、うん……」
ひまりちゃんの手を繋ぐ。さあ、図書館デートの始まりだ。