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5話 写真と夏

 七月になった。

 すっかりと外は暑くなり、日差しが痛いほど射す。

 こういう時は部屋に引き篭もり、冷房をガンガン効かせ、コーラとお菓子で籠城戦をするのが、私の夏の日常だった。


「涼しい……」


 元が古い洋館のため心配していたが、空調関係は新しく作り直したそうだ。

 冷房完備で、暇な職場。

 うん、良いね。

 最初に掲げていた「無能過ぎてクビ作戦」は綺麗さっぱり消えていた。

 これなら、私は定年までいても良い。


「菜乃花」

「お、ひまりちゃん」


 受付でのんびりと過ごしていると、いつものことながら、ひまりちゃんがとてとてと近づいてきた。


「写真、撮りたい……」

「写真?」

「うん……本みたいな写真撮りたい……」

「そうか……頑張れ」


 最近、私が写真集ばかり読んでいたから、ひまりちゃんが興味を持ったようだ。

 うん、やりたいことのある若者は素晴らしい。私はぐーたらすることがやりたいことだ。


「菜乃花も、撮る……!」

「私は仕事中」

「む……」


 ひまりちゃんは頬を膨らませた。

 そんなことをしたところで私が仕事中なのには変わりはない。


「星川さん」

「あ、お疲れ様です。宮村さん」


 今日の宮村さんの服装は浴衣だった。

 黒い布に、赤色の金魚が描かれている。

 髪は結い上げられ、白い頸が見えていた。

 動きにくくないのかな?

 対する私は半袖のTシャツとハーフパンツ。涼しさと動きやすさ重視の服だ。


「……な、何かあったの?」

「えーと……ひまりちゃんが写真撮りたいみたいで……私も一緒にと」

「……そっか」


 宮村さんは考え込む。

 流石に仕事中は難しいはず。さあ、ひまりちゃんにやんわりと断りを入れるのだ。


「別に良いわよ」

「あ、叔母さん」


 いつの間にか叔母さんが来ていた。


「写真撮りたい……でも、カメラ……持ってない」

「なら、これをあげるわ」


 叔母さんがひまりちゃんに渡したのは使い捨てのカメラだった。


「……良いの?」

「良いわよ。たくさんあるし」

「ありがとう」

「どういたしまして」


 叔母さんがひまりちゃんの頭を撫でる。

 ひまりちゃんは嬉しかったのか、カメラを色々な角度から眺めていた。

 私は叔母さんに耳打ちする。


「良かったの?」

「たくさんあるから、良いわ。それに、菜乃花ちゃんの数少ない友達だもの」

「友達?」

「そう」

「誰と誰が?」

「菜乃花ちゃんとひまりちゃんよ」

「……」


 その割には歳が離れ過ぎている。

 後、数少ないは余計だ。まあ、事実だけど。


「はい、これは菜乃花の分よ」

「え? 私は良いよ」

「ダ、ダメ……! 菜乃花も一緒に撮る……!」

「ひまりちゃん……」

「ほら、ひまりちゃんもそう言ってるし……ね」

「はぁ……わかった」


 私は叔母さんからカメラを受け取った。

 カメラか……最後に使ったのは、中学校の修学旅行だったか?

 ひまりちゃんと共に館内を歩く。


「……」


 ひまりちゃんはカメラを構えては首を傾げていた。


「撮らないの?」

「……本と違う」

「……」


 まあ、私が読んでいたのは世界の絶景の写真集だ。

 館内に世界に誇るような絶景はない。

 あったら、来館者がもっといることだろう。


「……外に出る」

「外……!」


 蝉の鳴き声が聞こえる。

 太陽が燦々と輝き、人類を干物にしようと企んでいる。

 そんな危険地帯に出るなんて、自殺行為だ……!


「ひまりちゃん、外は危ないから中にしようね」


 危ないのはひまりちゃんじゃなくて、私だけど。


「む……」


 ひまりちゃんは頬を膨らませる。いつ見ても、お餅みたい柔らかそうな頬だ。


「敷地の外は危ないけど、お庭くらいなら大丈夫でしょ」

「お、叔母さん……!」


 いつの間にか後ろに立っていた叔母さんが余計な一言を言った。


「……菜乃花」


 ひまりちゃんが私の服を掴んで今にも泣き出しそうな目で見てくる。


「……」


 そんな目で私を見るなんて卑怯だ……!


「わかった……少しだけ」

「……ありがとう……!」

「でも、夏の外は本当に危険だから、私の言うこと聞くこと、いい?」

「うん!」

「あら、すっかりお姉ちゃんね」


 叔母さんが頬に手を当てて、ニッコリと笑っていた。

 ひまりちゃんに帽子を被せ、私も帽子を被って、扉を開ける。


「くっ……」


 熱風が襲いかかってきた。

 一瞬で汗が出てくる。

 やはり、外は危険だ……!

 扉を閉めようとしたが、ひまりちゃんが外に出て行く。


「菜乃花、写真……」

「……うん、そうだね」


 諦めた私は外に出て、扉を閉めた。


「お花……」


 ひまりちゃんが花壇のお花に、カメラを向ける。

 パシャリとシャッター音が聞こえる。角度を変えて何枚も撮る。


「良い写真撮れた?」

「うーん……見れない」

「ん? 撮った写真のこと?」

「……うん」

「現像しないと見れないよ」

「げん……?」

「うーん……写真にすることかな」


 子供には難しかったか。


「じゃあ、げん……して」

「今は無理。写真屋さんに持ってかないと」

「む……」


 ひまりちゃんは頬を膨らませた。


「写真を見るのはまた今度で。今は写真を撮ろ」

「……うん」


 ひまりちゃんはカメラを構えて、写真を撮った。

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