4話 落とし物
「何をしてたの?」
「……探し物」
「探し物……あ、何か落とした?」
私の問いかけに女の子はコクリと頷いた。
「落とした物は何?」
「……栞……お気に入りだった」
女の子の目から涙が溢れる。
「し、栞……あ、もしかしたら……! ちょっと、待ってて」
女の子をその場で待たせて、受付に向かう。
「宮村さん」
「は、はい……」
「昨日の落とし物の栞、持ち主見つかったので、持っていきます」
落とし物ボックスから栞を取り出し、女の子の元に戻ろうとすると、宮村さんに引き止められた。
「台帳も」
「了解です」
台帳も持ち、女の子の元に戻る。
「お待たせ、もしかして、これ?」
女の子に朝顔の栞を見せると、大きく頷いた。
「じゃあ、ここに……名前って書ける?」
落とし物を返却した際、受け取った人にサインを貰うのがルールなのだ。
「書ける……」
「じゃあ、ここに書いて」
「うん」
女の子にボールペンと台帳を差し出す。
女の子は小さな手でボールペンを持ちながら、台帳に名前を記入する。
ひらがなで「みずしまひまり」と女の子は書いた。
ひまりちゃんね。
「うん、ありがとう。じゃあ、栞返すね」
ひまりちゃんは私の手から栞を受け取ると、栞を自分の胸にギューと当てていた。
もしかしたら、大切な物だったのかもしれない。
「その……」
ひまりちゃんはそわそわした後、私を見つめて口を開いた。
「ありがとう……」
「どういたしまして」
ひまりちゃんは私にお礼を伝えると、いつもの定位置へ戻っていった。
***
図書館の仕事はやる項目が多い。
受付では本の貸出返却対応、拾得物の問い合わせなど。返却された本の片付けや、館内の巡回や清掃。
やる項目は多いけど、そもそも、利用する人は少なく、本を借りる人は一日一人居たら良い方のため、受付での対応は来館者への挨拶だけだし、仕事の割合で一番大きいのは清掃だ。
清掃も館内は広くないのですぐに終わる。
要するに、ここの職場はすごく暇なところなのだ。
成長したいやスキルを身に付けたい、など向上心溢れる人にとっては最悪な職場だけど、向上心が搭載されていない私には最高の職場だ。
「平和だ……」
受付にて、開くことがない扉を眺めながら呟く。
このままだと寝てしまいそうだ。
本を手に取り読み始める。
宮村さんは「暇な時間があれば図書館の本は読んでいい」て言ってたのでサボりではない。
「ん……?」
本棚の陰からくろい髪の毛が見えた。
またか。
受付から立ち上がり、足音を消して本棚の裏に回り込む。
ひまりちゃんが本棚の陰から受付をキョロキョロと見ていた。
「あれ……?」
私は後ろから、ひまりちゃんの肩を「つん、つん」と突いた。
ひまりちゃんが振り返り私を見つけると、その場で尻餅をついた。
「……むー」
頬を膨らませるひまりちゃん。
子供らしい仕草に思わず笑ってしまう。
「今日はどうした?」
「私も手伝う……」
「仕事を?」
「そう」
「……」
落とし物を拾って以来、ひまりちゃんは私に構ってくるようになった。
仕事の邪魔ではないし、私自身も暇なため、相手をする。
ひまりちゃんは近くに置いてある椅子を手に持ち、ふらふらになりながら持ってこようとしていた。
「貸して」
私はひまりちゃんから椅子を受け取ると、受付の隣に置いた。
「……」
「……」
「……菜乃花」
「ん? なに?」
「仕事は?」
「ここに座って本を読むのが仕事」
「……そう」
ひまりちゃんはいつも読んでいる本を読み始めた。
「それって、読めるの?」
チラリと覗き込むと、英語で書かれていた。
「読めない……けど、面白い」
「そう」
読めないのに面白い。
よくわからないや。
「菜乃花は……これ、読める?」
とひまりちゃんは私に自分の読んでいた英語の本を差し出す。私は首を横に振った。
英語なんて全然読めないし、そもそも漢字自体も難しい物は読めない。
全てがひらがな、なら楽でいいのに。
「私には難しい」
「大人なのに」
「大人でもできないことはあるよ」
「……そうなの?」
「うん、そうそう」
まあ、私はダメな大人だから、できないことの方が多い。
ひまりちゃんは本を読み始める。
英語読めないのに、楽しいのか?
疑問に思いながらも、私は本を手に取った。
世界の絶景の写真が纏められた本だった。
それをゆっくりと読む。
「……」
オーロラ、巨大な風車、巨大な滝。
全てゲームやアニメで見た光景だ。もちろん、現実で見たことはないし、見に行くのはめんどくさい。
気がつくと、ひまりちゃんが私の読んでいた本を覗き込んでいた。
「読む?」
「うん」
ひまりちゃんに本を渡そうとすると、止められた。
「一緒に読む」
ひまりちゃんは必死に本を読もうとするが、受付の机が高くて、読めない。
本を膝の上に置こうとするが、その前にひまりちゃんが私の膝の上に乗った。
「……」
「……菜乃花?」
「あ、ごめん」
いきなりでびっくりした。
それにしても、軽い。ちゃんとご飯は食べてるのか。
「ひまりちゃん、飴あげる」
「……うん」
取り敢えず飴をあげることにした。
図書館では基本的に飲食は禁止されているけど、うちは緩いため、飴とか本を汚す危険がない物なら、OKにしている。
ひまりちゃんが飴玉を口の中で転がす。右の頬が膨らんだ。
「……」
見ていると少し面白くなってくる。リスっぽい。
今度、ひまわりの種でもあげてみよう。
あれ? ひまわりの種てハムスターだっけ?
まあ、良いか。