3話 気になる女の子
働き始めて一ヶ月が経った。
最初は朝早く起きるのが苦痛だったが、慣れるもので今ではアラームが鳴る前に目が覚める。
ベッドから起き上がり、ポットの電源を入れる。
スティックタイプのカフェオレを一本取り出し、マグカップに入れる。
お湯が沸くまでの間にカーテンを開けて、食パンにジャムを塗った。
「ふぅ……」
お湯をマグカップに注ぎ、カフェオレを一口飲む。ジャムを塗った食パンを食べて、スマホで新着アニメを流す。
朝の支度を済ませて、家を出る。
職場の私立図書館までは歩いて二十分かかる。
図書館に向かっている途中駅に向かう人たちとすれ違う。
徒歩で行けてよかった。
電車通勤だったら、通勤ラッシュが嫌で三日も経たずに逃げ出す自信があった。
「はぁ、はぁ……」
でも、徒歩二十分は元無職の私には少し辛い。
前までは図書館に着く時には息が絶え絶えだったが、今では休みながらいけば余裕だ。
図書館に辿り着き、裏に回る。
裏には従業員用の入り口があり、中に入る。
「あ、おはようございます」
「お、おはようございます……」
今日の宮村さんの服装はチャイナドレスだった。
長い髪を三つ編みにしていた。
最初はメイド服が仕事着だと思っていたけど、コスプレは宮村さんの趣味らしい。普通の職場ではNGだけど、オーナーの叔母さんがOKしているそうだ。
なかなか自由な職場である。
「今日もよろしくお願いします」
「……こ、こちらこそ……」
視線を逸らして、宮村さんは言った。
まだ、宮村さんとは距離がある。
初対面の印象が良くなかったし、宮村さん自身も人と話すことが苦手らしい。気長にやるしかないか。
首から名札のカードを下げて、開館の準備を始める。
と言っても、軽く掃除して、扉を開けるだけだ。
私は一人受付の椅子に座り、お客さんを待つが全然来ない。
「ふぁ……」
暇だ。暇すぎる。
叔母さんの趣味でやっているせいか、利用者自体少ない。一日に十人くればいい方だ。
最初は無能でクビになるて、決めてたけど……やること自体少ないので、無能アピールができない。
そもそも、バイト自体楽な為、このままでいいのではと思えてくる。
「交代する」
「あ、お疲れ様です。お願いします」
宮村さんと受付を交代し、館内を見回る。
ゴミもないし、異常もなし。
今日も図書館は平和だなぁ。
欠伸を噛み締めながら歩いていると、人影を見つけた。
二階の角にソファーが置いてあり、そこが小さな女の子の定位置だった。
年は十歳くらいだろう。
艶のある黒髪は腰まで伸びていた。
いつも、白のシャツに黒のプリーツスカート、黒のタイツを履いている。
彼女は魔女が持つような分厚い本を足の上に乗せ、一枚一枚ゆっくりと開いていく。
「……」
この子、いつも平日からいるな……不登校か? 学校に連絡した方が……まあ、一旦宮村さんに相談しよう。
「宮村さん」
「は、はい……」
「その……二階の角のソファーに、いつも十歳くらいの女の子いるじゃないですか。あれって、学校とかに連絡した方がいいですか?」
「れ、連絡しなくて、いい……! あの子の居場所はここだから……!」
「……わかりました」
もしかしたら、何か事情があるかも。
まあ、首を突っ込むのはやめておこう。
閉館の見回りをしていると、
「ん? 栞?」
朝顔の押し花の栞を拾った。
台帳に記入して、落とし物ボックスに入れる。
翌日、いつものように館内を巡回していると、例の女の子がキョロキョロと館内を歩き回っていた。
本棚の隙間を覗き込んだり、椅子の下を覗き込んだりしている。
「……はぁ」
首を突っ込まないと決めたが、困っていたら図書館の職員として話し掛けないといけない。
「お嬢ちゃん、どうしたの?」
出来るだけ優しく話しかけてみる。
椅子の下を覗き込んでいた女の子が固まり、恐る恐るといった様子で、私を見た。
さらりと前髪が垂れて、素顔がチラリと見えた。
あ、この子美人。
白い頬にぱっちりとした瞳。
「……っ!?」
女の子は慌てて椅子の陰に隠れた。
まあ、隠れきれてないけど。
「えーと……」
どう対応しようか……?
子供の相手なんてしたことがないので、よくわからない。
取り敢えず、お菓子で釣ってみよう。
「ほら、美味しい飴だよ」
ポケットにイチゴの飴が入っていたので、手のひらに乗せた女の子に見せる。
「おいで、おいで……」
飴でいたいけな女の子を誘い出そうとするなんて、誘拐犯の気分だ。
女の子が椅子の陰から出てきて、ゆっくりと私に近づいてくる。
もう直ぐ釣れそうだ。
女の子が飴を手に取り、袋を開けて口の中に入れる。
「どう?」
「……美味しい」
前髪で顔は見えないけど、警戒は解けたみたいだ。