1話 無職からの旅立ち
私、星川菜乃花はやる気がとことんない人間だ。
高校は勉強しなくても入れるとこに入り、部活とか遊びとかもせずに、家に帰ってベッドでゴロゴロする毎日。
高校卒業したら、しばらくは働かずにのんびりするつもりだったのに、母親に「大学くらい出なさい」と説教され、書類だけ出せば合格する大学に。
そんな私が真面目に就活なんてするわけもなく、周りが面接の対策や企業研究をしているなか、いつも夢の世界にいた。
そして、大学卒業後、私は無職になった。
「一年間だけ、自分を見つめ直したい」
そんな建前を立て、気がつけば三年が経っていた。
「ふぅ……」
今日も今日とて昼過ぎに起きる。
平日の月曜日。世間なら愛しの土日が終わり、ゾンビのように会社に行くのだろう。そんな周りが働いているなか、昼過ぎに起きるのは最高だ。
「さてと……新着アニメでも観るか」
ベッドでうつ伏せになり、目の前にはスマホを置く。
さあ、今日も楽しい一日が始まるぞ。
と、思っていたらいきなりお母さんから呼び出しをくらった。
めんどくさがりながらも居間に行くと、真剣な表情を浮かべていた。
また、働けと言われるな……。
絶対に乗り切ってやる。
就活をのらりくらりとかわしてきた無職歴3年。
無職の意地を見せてやる……!
「お母さん、なに?」
「菜乃花、大事な話があるの」
さあ、なんて切り出してくる……!
返答は何パターンも用意している。
資格勉強してて、企業に求人を出しているか問い合わせ中で。
「菜乃花、あなたには家を出て行ってもらいます」
「……」
出て行けか。
よし、ここは同情を買うからの、仕事探す流れに持っていこう。
「お母さん……私、お金もないし仕事もないよ。出て行ったらホームレスになっちゃう。お父さんとお母さんには迷惑かけてるけど……娘がホームレスになっていいの?」
瞳をうるうると輝かせて、言ってみた。
効果抜群だろう。
自分の演技力に納得していると、
「大丈夫よ。菜乃花の仕事も住む家も用意してるから」
「っ……」
どうやら、今回のお母さんは本気のようだ。
返答の仕方を間違えれば、社会の荒波へと飛び込むことになる。
「それって、会社が用意してくれる寮てこと?」
「……まあ、それに近いわね」
「だったら、怪しいよ。そもそも、働く本人じゃなくて、お母さんが応募して採用されてる時点で可笑しいし、私が面接官なら、その場で断ってるよ。きっと、人手不足が深刻で、労働環境が劣悪なとこだよ。ねえ、お母さん、考え直して。娘をブラック企業で働かせたいの?」
お母さんの手を握り、そう訴える。
「ブラック企業じゃないわ。私のお姉さんが経営している私立図書館なの。アルバイトだけど仕事自体は忙しくないみたいだから、初めての仕事にはぴったりだと思うわ」
「叔母さんの……?」
「そうよ。住むところも、お姉さんが持っているアパートの一室を無料で貸してくれるみたいで」
「で、でも……叔母さんに迷惑が掛かるんじゃ……」
やばい……!
無職歴三年の本能が警報を鳴らす。
額に一筋の汗が垂れた。
「大丈夫。可愛い姪っ子のためなら、一肌脱いでくれたわ。流石、私のお姉さん」
「……」
ど、どうする……! 打開案が思いつかない……!
このままじゃあ、私の無職ライフが……!
ガラガラと音を立てて崩れ落ちる幻聴が聞こえてきた。
「菜乃花、お母さん心配なの。ずっと無職のままでいたら、お母さんとお父さんが亡くなったら、生活できないと思って……だから、本当は寂しいけど、お母さんは心を鬼にして、決めたの。菜乃花には出て行ってもらうって」
「お母さん」
「それに孫の顔も見たいから。早くいい人捕まえて頂戴」
「……」
これは詰みだね。
「わかった」
なら、ここは負けを認めよう。
しかし、私は戻って来て見せる……!
「……で、いつから?」
「明日からよ」
「え? 明日……?」
「ええ、お姉さんが車で迎えに来てくれるから、荷物をまとめなさい。家具とかはお姉さんの方で用意してくれるみたいだから」
「……わかった」
私はとぼとぼと廊下を歩き、自室に戻る。
壁にはアニメのポスター。床には積み重なった漫画やライトノベル。
隅の方には小さな冷蔵庫があり、コーラーが大量に入っている。その横には、お菓子ボックスがある。
「さらば、楽園」
私はベッドにダイブして目を閉じる。
ここでの優雅な日々を思い出す。
いつか、戻って来て見せる……!
「よし……」
決意を固めて、起き上がると、私は身支度を始めた。
お母さんと叔母さんには悪いけど、私は仕事ができないふりをすることにした。そうすれば、すぐに首になり、戻ってくることができる。
まあ、私自身が仕事できるかは不明だけど。だって働いたことないし。
「うーん、どれにするか……」
着替えや日用品はこだわりが無いのですぐに準備ができた。
問題は漫画やラノベ、ゲームなどだ。
正直、全部を持っていきたい。けど、流石に無理だろう。
「……」
その夜、私は遅くまで悩むのだった。