白い町の一時間 第2話
午前4時20分。
十日町市の空は、まだ黒い。
街灯の橙色が雪に滲み、
音は吸われ、気温は氷点下7度。
信濃川の川霧が低く漂い、
東西に細長い盆地は静まり返っている。
だが静寂の下で、町は準備している。
除雪車のエンジンが、あちこちで暖機を始める時間だ。
監視車は市街北東部、国道脇のコンビニに停車している。
ヒーターの低い唸りだけが車内に響く。
「眠たいな…島見悪いんだが、これで俺は温かいロイヤル紅茶華電を、あとお前たちの飲みたいモノを買ってきてくれ…。何も買わずに駐車場に止めるのも気が引けるしな…」
と、島見に1000円札を渡した。
「係長、ごちそうさまです…名立さんは何にします?」
「じゃあ…俺はヒトリーボクのブラックを…係長ありがとうございます」
戸隠は無言で手を左右に揺らした…。
島見が温かい飲み物を買ってもどり、一息ついてからおもむろに戸隠は腕時計を見る。
4:47。
「九時のポーリングまで待たない」
低く言う。
「次のポーリングで決めて、6時の送信を守る」
島見は端末を開き、
実証系のポーリングスケジュールを確認する。
毎正時から十五分間。
各端末が順番に応答し、
バイタルデータを上げる。
「4時59分50秒で、市役所にあるセンターからビーコンが出ます」
名立がフロントガラス越しに雪道を見つめる。
遠くで、低いディーゼル音。
4:58
車内の空気が張り詰める。
サンルーフの下、
フラットパッケージ型アレイが起動状態に入る。
電子的位相切替。
到来方向演算待機。
島見がカウントする。
「……五秒前」
4:59:55
その瞬間。
スペクトラムに、鋭いピーク。
「出ました!」
受信レベル急上昇。
正規帯域のすぐ隣。
高出力デジタル変調。
戸隠の声は静かだ。
「方位」
島見の指が走る。
「6時方向……いや、5時方向。
移動してます」
名立がエンジンをかける。
フロントガラスの向こう、
白い交差点の先で、ヘッドライトが揺れた。
飽和
実証系の受信ログが、同時に赤く染まる。
《受信レベル上昇》
《復調不能》
「ポーリング開始」
5:00。
センターからの制御信号が出る。
だが外来キャリアが隣接帯域へはみ出し、
受信フロントエンドを押し潰す。
「一番目の端末、応答なし」
島見の声が硬くなる。
遠くで、除雪車のブレードが雪壁を削る。
金属が雪を裂く鈍い音。
その車体の屋根から、
黒いアンテナが一本、突き出ている。
追尾
監視車がゆっくりと動き出す。
アレイが到来方向を更新する。
「3時方向……いや2時方向!受信レベル振り切れ!
速度、時速十八キロ推定」
除雪車は信濃川沿いを南西へ。
町を守るための動き。
だがその無線は、
別の“命綱”を切りかけている。
「出力推定四〜五ワット」
島見が解析を続ける。
「変調方式、海外DMR系に近似。
国内技適データベース照合……該当なし」
戸隠の目が細くなる。
「無許可局の可能性高い」
5:03
二番目の端末。
応答なし。
三番目。
途切れ途切れのパケット。
「センター側、再送要求」
だが強いキャリアが持続する。
除雪車が交差点で一瞬停止。
その瞬間、信号が止まる。
「レベル低下!」
島見が叫ぶ。
「今です!」
名立がアクセルを踏む。
監視車が距離を詰める。
目視
雪煙の向こうに、黄色い車体。
市の委託業者である『雪国土木』の名。
運転席の屋根に、太いアンテナ。
国内簡易無線の形状ではない。
除雪車が再び走り出す。
同時にキャリア再上昇。
《復調不能》
5:05。
最初の十五分間ポーリングは、
半数が未応答。
島見が小さく息を呑む。
「……五時台、欠落確定です」
決断
戸隠は深く息を吐いた。
目の前の車両は、
この町を守る存在だ。
だが電波法の秩序も、
また町を守る盾だ。
「次の停止地点で接触する」
名立が頷く。
除雪車は次の交差点で減速する。
雪壁の向こう、
薄明が空を染め始めている。
白い町。
見えない波。
そして1時間。
戸隠はドアに手をかけた。




