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白い町の一時間 第1話

新潟県十日町市。

雪はただ積もるのではない。

町をゆっくりと、外界から切り離していく。

魚沼丘陵に囲まれ東西に細長い盆地。そして、その盆地の最下段には日本一の信濃川が滔々と流れていた。

二月の朝、雪壁は二メートルを超え、

道路は削られた溝のように細く続く。

この町では、除雪が止まれば生活が止まる。

そして今、

“止まりかけているもの”が、もうひとつあった。

8:32

長野総合通信局 電波利用企画課。

午前八時三十二分。

端末に表示されたのは、実証実験システムの異常通知だった。

十日町郊外三集落で試験運用中の

「集落デジタル通信システム」。

まだ正式運用ではない。

だが重要な役割を担っている。

一時間に一度。

独居高齢者宅に設置された簡易バイタル端末から、

脈拍・体動・室温データを自動送信。

データは市の保健センターへ届く。

異常があれば、地域包括支援員へ通知。

さらに将来は、

民家同士をつなぐ音声・テキスト通信媒体として活用予定。

豪雪や災害…そして老齢化で孤立しても、

人と人が“つながり続ける”ための基盤。

その実験系が、リンクダウンした。

《キャリア持続検出》

《復調不能》

装置異常なし。

基盤焼損なし。

外部からの強信号による受信飽和。

午前五時台にも断続的障害。

だが担当者が気づいたのは出勤後だった。

午前八時四十七分。

電波監視課へ通報。


出動


課長・新津は報告を聞き、顔色を変えない。

だが声がわずかに低くなる。

「次の定時送信は九時か」

「はい」

「その前に状況を把握する」

視線を上げる。

「戸隠、十日町へ」

雪の国道117号…沿線にある森宮野原駅では、日本鉄道史に残る7m85cmの累積積雪を観測する超豪雪地帯である。

監視車は長野を出発。

峠は圧雪。

両側の雪壁が空を細く切り取る。

島見が後部座席でログを確認する。

「五時、六時、七時台にキャリア。

八時は出ていません」

戸隠が問う。

「定時送信は」

「毎正時から15分間のポーリングです」

名立が言う。

「じゃあ九時にまた出れば、

バイタルが飛ばない可能性がある」

車内に緊張が走る。

まだ実証段階とはいえ、

一時間の空白は不安を生む。

独居老人にとって、

“誰かが見ている”という安心は大きい。

十日町

正午前。

盆地に広がる白い町。

信濃川沿いの低地に家々が密集し、

屋根の雪が重たく張り出している。

本町通りのアーケードの下を、

買い物帰りの高齢者が慎重に歩く。

遠くで除雪車のエンジン音。

生活の鼓動。

だが電波は見えない。

サンルーフの下

監視車の屋根は静かだ。

サンルーフ内部に埋め込まれた

フラットパッケージ型方位測定アンテナ。

平面アレイが電子的に位相を切り替え、

到来方向を算出する。

物理回転なし。

雪が積もっても問題ない。

島見が受信機を立ち上げる。

「現在、異常信号なし」

静かなスペクトラム。

だが早朝ログは明確だ。

強いデジタルキャリア。

持続二分以上。

隣接帯域への漏れ込み。

一時間の意味

午後一時。

保健センターから企画課へ連絡。

「九時のバイタル、正常受信。

十時も受信済み」

今は問題ない。

だが五時台、六時台の送信は欠落している。

戸隠は静かに言う。

「早朝除雪時間帯だ」

島見が地図を表示する。

「受信レベル変動から推定すると、

時速二十キロ前後の移動体」

名立が呟く。

「除雪車……」

町を守る車両が、

別の通信を沈黙させている可能性。

戸隠は窓の外を見る。

雪の向こうに、小さな民家。

その中で一人暮らしの高齢者が、

定時に自動送信されるはずのデータを待たずに

湯を沸かしているかもしれない。

実証実験。

だが、その“実証”は、

この町の未来を左右する。

「明朝四時半」

戸隠が言う。

「定時送信の直前で捕まえる」

白い町は静かだ。

だが次の正時。

見えない波が、再び立ち上がる。

一時間。

それが、この物語の単位だ。

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