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山中に広がる波紋 第4話

 エクストレインは、松本平を南へ抜けていた。

 冬の午後の陽射しが、フロントガラスに鈍く反射する。

 ハンドルを握っているのは、名立達彦だ。

 いつもおちゃらけているが、運転は安定している。

「松本、抜けました」

 名立が淡々と告げる。

 助手席の島見杏果が、ナビ画面から顔を上げた。

「このまま塩尻まで高速。その後19号で木曽福島、ですよね」

 その問いに答えたのは、後席の戸隠だった。

「……その予定だ」

 その時、ダッシュボードの無線が鳴る。

「来たな」

 戸隠は、身を少し前に乗り出してマイクを取った。

「こちら、戸隠」

『おう、戸隠か』

 新津課長の声だ。

『今どこだ』

「松本の南です。名立が運転してます」

『よし。じゃあ――テンプレでいくぞ』

 島見が、小さく首をかしげる。

「テンプレ?」

 戸隠は、嫌そうに天井を見る。

「……嫌な予感しかしないやつだ」

『いい情報と、悪い情報がある』

 名立が、ちらりとバックミラー越しに戸隠を見る。

「どっちから聞きます?」

 島見が、なぜか楽しそうに言った。

「……いい方からで」

『木曽福島だ』

 新津の声が、少しだけ弾む。

『繁華街近くの温泉宿。

 団体キャンセルが出た。

 今日なら、2食付きでかなり安く泊まれる』

 一瞬、車内が静まる。

「……それは、確かに“いい情報”ですね」

 島見が素直に言う。

「仕事が終われば、ですが」

 名立は、淡々と前を見たままだ。

「終わらせればいい」

 戸隠は即答した。

「で、悪い情報は?」

『国道19号』

 その一言で、島見の表情が変わる。

『藪原駅周辺。

 大型5台の多重事故。

 完全通行止めだ』

「5台……」

 島見が息をのむ。

「復旧、時間かかりますよね…」

『ああ。目処なし』

 名立が、静かに問いかける。

「……迂回ですね」

「伊那だ」

 戸隠は、即座に言った。

「事故現場が藪原駅付近なら361号、権兵衛峠トンネル経由で木曽に入ることは可能だろう」

 名立は一瞬だけ考え、頷いた。

「了解です」

 ウインカーが点き、車線が変わる。

『判断は任せる』

「任されなくても、そうします」

 戸隠はそう言って通信を切った。

 島見が、少し振り返る。

「DEURAS圏外ですよね。木曽町」

「ああ」

 戸隠は、後席で腕を組む。

「だから、エクストレインだ。

 走りながら、荒れ地でも方位が取れる」

 名立が、低く言う。

「条件は、最悪ですね」

「いつも通りだ」

 戸隠は、軽く鼻で笑った。

「空で拾われた異変は、

 誰かが地上で止めなきゃならん」

 前方に、山並みが迫ってくる。

「……温泉、入れますかね」

 島見が、半分本気で聞く。

「仕事次第だ」

 戸隠は即答する。

「だが――」

 一拍置いて、続けた。

「生きて帰れば、湯は逃げない」

 権兵衛峠トンネルの入口が見えてきた。

 長い闇の向こうが、木曽だ。

 空で乱れた121.5MHzは、

 今も、どこかで微かに息をしている。

 エクストレインは、

 その“気配”を追って、山へと吸い込まれていった

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