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昼行灯電波監視官 戸隠弘明(こうめい)シリーズ  作者: 越路 秋葉
昼行灯電波監視官とオリンピック
87/102

有閑閑話 『昼行灯の休日』

 2月中旬。

 長野の朝は、まだ本気を出していないだけで、油断すると刺す。

 戸隠弘明が目を覚ましたのは、午前8時30分…いつもなら仕事をしている時間である。

 目覚ましは鳴っていない。鳴らす必要がなかった。

「……ああ」

 天井を見て、昨夜の会話を思い出す。

――戸隠、明日、有休を取れ。

――命令だ。

――顔がもう“勤務中の蛍光灯”だ。

 課長・新津の声は、こういう時だけ正論だった。

 反論する気力も、論理もなかった。

 二度寝するほど疲れてもいない。

「……とりあえず、風呂だな」

 徒歩分。

 日帰り温泉施設――大豆島まめじまあったか苑。

 十時開店。

 それが、この日のすべての予定になった。

 十時ちょうど。

 自動ドアが開き、

 「いらっしゃいませー」

 という、人生に余裕のある声が迎える。

 平日の午前。

 客層は、ほぼ“年金という名の永久有休サンデーまいにち”保持者だ。

 脱衣所には、すでに

「もう一回入ってきた」

という顔の人間が複数いる。

「……朝の修行か」

 戸隠も無言で湯に沈んだ。

 熱すぎず、ぬるすぎず。

 思考を確実に溶かす温度。

 五分後。

 報告書が消えた。

 十分後。

 課長の声が消えた。

「……これが、有休か」

 一度目の風呂で、もう勝ちだった。

 昼。

 食堂で、生ビール一杯。

「……うまい」

 平日の昼に飲むビールは、

 どこか罪悪感があるが、有休がすべてを許す。

 唐揚げ定食を無言で完食し、

 そのまま休憩室へ。

 畳。

 ワイドショー。

 誰かのいびき。

 戸隠は転がり、五分で落ちた。

 目が覚めると、十四時。

「……よし」

 何が“よし”かは分からない。

 二度目の風呂へ。

 これは危険だ。

 帰る理由が、確実に消える。

 風呂上がり。

 視界の端に、例の文字。

 〈手もみマッサージ〉

 三十分、二千円。

「……合理的だな」

 何に対してかは、やはり分からない。

 暖簾をくぐった。

 中にいたのは、

 小柄で、腰が深く曲がった老婆。

 白衣。

 丸眼鏡。

 目だけが、異様に生きている。

「はいはーい、うつ伏せねぇ〜」

 戸隠は無言で従った。

「お兄さん、固いねぇ」

「そうでもありません」

「そう言う人ほど固いのよ〜」

 ゴキッ

「……」

 背中が鳴った。

「はい、入った」

 何が入ったかは聞かない。

 しばらくゴリゴリやったあと、

 老婆が突然、妙に楽しそうな声を出した。

「それにしてもねぇ……」

 間。

「こういうのが固い人はねぇ、

 別のところも元気かたかったりするんだよ」

 戸隠の眉が、ぴくりと動いた。

「……それは、どこの統計でしょう」

「昔の経験」

「……経験、ですか」

「あたしゃねぇ、五十年くらい前は

 今とは別ジャンルの“癒やし”もやっててねぇ」

 完全にアウトな空気が流れた。

 隣のブースから、

 「……今、聞こえた?」

 という声。

 戸隠は、静かに言った。

「業務外の話は、慎んでいただけますか」

「あらやだ、真面目ねぇ〜。もう、そういうんはやってないからねぇ〜歳も歳だしねぇ〜」

 老婆はケラケラ笑う。

(おいおいおい…なんだこの婆さん…)

と困惑する戸隠。

「凝固からすると役所の人かい?」

「はい」

「じゃあ尚更だねぇ」

 ゴリッ

「……っ」

「固いところは、全部ほぐさないと」

 どこを指しているかは、誰も聞かない。

 施術終了。

「はい、おしまい」

 戸隠は起き上がり、深く一礼した。

「……ありがとうございました」

「また来なさいねぇ」

 通路で係員が、ぽつり。

「……今日のひとみさん、放送コードギリギリだったね」

 戸隠は聞かなかったことにした。

 18時。

 帰宅。

 玄関先に、大家の風間市子。

「おかえり、煮物作りすぎたから食べて」

「……どうも」

「温泉でしょ」

「はい」

 風間は、じっと戸隠の背中を見る。

「……変な話、されなかった?」

 戸隠は一瞬だけ間を置いた。

「……公序良俗の範囲で」

「そう」

 風間は満足そうに頷いた。

「無事ならいいわ」

 去り際、ぽつり。

「……あそこ、伝説多いのよ」

 戸隠は、玄関で靴を脱ぎながら呟いた。

「……有休とは、奥が深い」


その後、風間市子の持ってきた煮物をアテに鶴の友を飲み、20時には寝た。


 翌日。

 課長・新津は、戸隠の顔を一目見て言った。

「……休んだな」

 昼行灯は、今日も静かに灯っていた。

志村けんの演じてた老婆のマッサージ師のコント好きだったなぁ…。

西田敏行のときはアドリブで客とマッサージ師が入れ替わってたりして…。

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