昼行灯電波監視官のしょーもない年末年始 第6話『1月5日編 復活の日』
――スマホのアラームが鳴る前に、目が覚めた。
まだ暗い。
しかし時計を見ると、4時52分。いつもなら二度寝に吸い込まれている時間だが、今日は違う。
(……銀行が動く日だ)
その一点だけで、戸隠弘明は妙な使命感とともに布団を蹴った。
隣の部屋から、湯を沸かす小さな音。
風間市子はとっくに起きているらしい。
「おはよ。顔色は昨日よりマシね」
「もうバッチリです。倒れてすみませんでした……本当に」
戸隠が頭を下げると、市子は湯飲みに番茶を注ぎながら肩をすくめた。
「元旦早々に倒れてたら迷惑だけど、1月4日ならまぁギリ許すわ。
ほら、ちゃんと温まってから帰りなさい」
「はい……。あの、家賃の件なんですが……銀行が9時に……」
「わかってるわよ。今日中でいいから。
“信濃中央”ねぇ……合併したのに、システムは旧両銀行の悪い所だけ寄せ集めたって評判よ」
「まさに……俺、被害者第一号じゃないですかね……」
二人は苦笑しながら朝食をとり、8時半。
戸隠は礼を述べて市子宅を出た。
空気は刺すように冷たいが、昨日までの重さはない。
道の端には、正月の寒波で積もった雪が鈍く光っていた。
あ…そうだ…正月早々格好が悪いが、課長に午前中の年休申請を電話でしておかねば…。
ふとポケットの中で、スマホが震えた。
《オーナー、昨日はよく寝たにゃ?
今日は“財務状況の改善日”だにゃ》
「お前……そんなカテゴリーで判定するな」
それでも少し救われた気がする。
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◆信濃中央銀行・風間支店前 8:55
元信濃銀行風間支店だった入口前には、すでに20人ほどの列。
ATMの表示はまだ黒く、固く閉ざされたシャッターに“1月5日9時再開”のポスターが貼られている。
(同士よ……)
並ぶ客の表情には、生活の瀬戸際感が漂っていた。
「ちょっとお聞きしますけど」
後ろに並んだ老紳士が話しかけてきた。
「あなた、大晦日にATM見に来ませんでした?」
「あ、ええ……。閉まってましたね……」
「いやぁ、年末に“絶対混乱する”と思って、ワシは12月30日に引き出しておいたんですよ。
ほら、合併直後は何があるかわからん」
「賢明です……」
そんな会話をしているうちに、9時ジャスト。
シャッターがカタリと上がり、機械が低く起動音を響かせた。
列の空気が一斉に“生き返る”。
(頼む……動いてくれ……!)
戸隠の順番が来た。
キャッシュカードを入れ、暗証番号を押す。
――ピッ。
画面にメニューが表示される。
(よっしゃあああ!!)
誰に聞かせるでもなく、心の中でガッツポーズした。
続けて引き出し操作。
従来と変わらぬ画面遷移。
ただそれだけなのに、頭の中で勝利BGMが流れる。
(……笠原弘子の『夢みてもいいじゃない』が流れてる……)
静かなATMスペースに、彼だけのテーマソングが響き渡っていた。
1万円札が数枚、軽快な音とともに吐き出される。
「……助かった……」
手の中の現金が、暖房よりも温かく感じた。
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◆市子の家の前 9:30
「戻りましたー。家賃、持ってきました」
「あら、早かったじゃない」
市子は書類棚から領収書を取り出し、さらりと書きながら言った。
「それにしても、あんたが“開店ダッシュ”で銀行に行く姿、ちょっと想像つかなかったわ」
「人間、金が尽きれば何でもしますよ」
「その割に、顔つきは昨日より良くなってるじゃない」
「生姜湯の力です」
「はいはい」
領収書を渡されると、戸隠はようやく“日常が戻った”と実感した。
(さて……仕事に戻るか)
その瞬間、ポケットのスマホが震えた。
《職場から新しいメールだにゃ。
“電波監視課・至急の相談あり。戻り次第、課長室へ”》
「……は?」
銀行難民から回復したその足で、
今度は仕事で何かが始まる予感がした。
(正月早々、もう休ませてくれよ……)
そう思ったが、背筋の奥では別の感覚――
“なにか大事な動きが始まる”
そんな予兆が、静かに膨らんでいた。




