昼行灯電波監視官のしょーもない年末年始 第4話『1月3日編 昼行灯電波監視官…倒れる』
年が明けて三日。
寒波はようやく峠を越えた……らしいが、長野市の体感は相変わらず“冷凍庫のなか”。最低気温は氷点下五度、最高気温は二度の予報。それを“緩んだ”と表現する気象庁に、戸隠弘明は軽く文句を言いたい気持ちになる。
「緩んでねえよ……ただの“解凍モード”だろ……」
室内の温度計は七度。
コタツの外は普通に寒い。
しかし灯油だけは、昨日“豚三”で調達したぶんでなんとか確保できている。
問題は――食料。
冷蔵庫を開けると、中は“戦時中の記憶か?”というレベルの貧弱さ。もやし、卵一つ、シワの寄った白菜、賞味期限切れの納豆。
「……これを正月三日に見るとは思わなかった」
今日も徒歩五分の食品スーパー『デリシャス』へ行くしかない。
灯油の心配が解消されたぶん、食べ物だけでも確保しなければ。
足元では、ネコ型AIロボットのNyaicoが丸くなっている。
「留守番してろよ。お前、寒いの苦手だし」
「ニャア(了解かどうかは曖昧)」
AIのくせに基本的には“何もしない”。
というか、ほぼ猫。
昨日の福引きで当てたとはいえ、知能ロボットとしての福利はほぼゼロ。可愛いのだけが取り柄である。
◆
冷えた外を五分歩き、デリシャスに到着。
店の中は天国だった。
正月三日で多少混んでいるものの、棚はそこそこ埋まっている。
カップ麺、冷凍うどん、卵、白菜、豆腐、豚小間などを買い物カゴへ。
会計は二千六百円。
小銭袋から正確に支払う。
「……まだ大丈夫。あと5千円はある」
問題はない――はずだった。
帰り道、少しふらつく。
だが戸隠は立て直した。
買った食料が入った袋を両手で抱え、家まで急ぎ足で戻る。
◆
家が見えた時、少し安心した。
「あともうちょい……」
玄関前には、昨夜から溶け残っていた薄い氷がきらりと光っている。
レジ袋の重みが腕にずっしりと残り、肩と腰に疲労が蓄積しているのが分かる。
玄関ドアを開けた瞬間――
ふわっと暖かい空気が迎えてくれた。
「……助かった……」
靴を脱ぎ、買い物袋を置こうと前屈みになった、その時だった。
――視界が急に暗くなる。
――足が床を捉えなくなる。
――体が前へ倒れかける。
「……あれ……?」
立ちくらみ。
低血糖。
寒さによる疲労。
それらが一気に押し寄せてきた。
バランスを崩した拍子に、買い物袋が床に落ちた。
卵のパックが転がる音がコツンと響く。
戸隠は玄関マットに崩れ落ち、そのまま横たわった。
意識が遠のく直前、コタツの布団がわずかに揺れた。
中から、のそのそとNyaicoが姿を現した。
「……ニャ……?」
Nyaicoは戸隠に近づき、鼻先でつん、と触れた。
「……Nya……」
それは、AIらしい警告でも、救助シグナルでもなかった。
ただの、心配そうな猫の鳴き声だった。
けれど――
その声だけが、かろうじて戸隠の意識の端に届いた。
(……ああ……Nyaico……)
そのまま彼は、ゆっくりと暗闇に沈んでいった。




