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昼行灯電波監視官のしょーもない年末年始 第1話 「大晦日、戸隠凍える」

実はATMが止まって金が下ろせない!というのは、私も昔やらかしたことで…。

その時はまだ暖かい時期だったので良かったのですが…真冬の最強寒波の時にやらかしたら…という視点で書いてみました。

 12月31日、大晦日。

 長野総合通信局の電波監視官・戸隠弘明は、朝から黙々と大掃除をしていた。電波監視官が休暇のときに何をしているかと問われれば、まあ大抵は掃除である。普段は昼行灯だが、この日ばかりは違った。棚の奥から十年前に買った謎のケーブルや、壊れたハンディ機の箱が次々と発掘され、そしてゴミ袋へと旅立っていく。


「ふう……今年もいろいろあったな」


 今年も、というか、今年“も”いろいろあった。仕事が忙しかったのだ。事件は起きるし、違法無線は飛ぶし、DEURASは突然アラームを鳴らすし。──といっても年末年始は、さすがに無線も静かだ。


 掃除が終わったのは昼過ぎだった。


「さて、年越しそばの材料でも買いに行くか……。その前に、財布の中身を……」


 財布を開くと、三千百二十六円。

「…なんだこの半端な額は」

 つい自分の職場の会計簿風に呟く。どう考えても年越しそばと天ぷらを買ったら終わってしまう。


 戸隠は即座に判断した。


「長野中央銀行で、ちょっと下ろしてこよう」


 そう、年末年始、彼の生活資金は銀行依存なのである。

 とくに今年は、ボーナスの端数をそのまま残していた。


 コートを羽織り、いつもの電チャリ──いや、今日は徒歩だ。風が強すぎる。小寒波が到来しており、体感温度はすでに氷点下。吐く息は白いを通り越して、ほとんど凍りかけている。


 大豆島の住宅街を抜け、戸隠は長野中央銀行 大豆島支店へ向かった。

 大晦日だからか、人通りは少ない。かえって銀行の前だけは少し賑わっている。


「お、結構人いるな……」


 戸隠が近づくと、客たちはATMに並んでいるわけではなかった。

 全員が口をぽかんと開けて、入口の“張り紙”を凝視している。


(なんか……嫌な予感しかしないんだが)


 ほぼ全員が固まっている状況を見て、職業柄“混信か?”と錯覚したが、もちろん電波の問題ではない。


 戸隠も張り紙を覗き込んだ。



---


★張り紙


**『お客様へ

長野中央銀行は信濃銀行との合併に伴い、12月31日(水)〜1月4日(日)まで

すべての預金取引を停止しております。お引き出し・お預け入れ・振込及び電子マネーへのチャージ等は1月5日(月)9:00以降にご利用ください。


なお、当 大豆島支店は、年明けより1kmほどはなれた「信濃中央銀行 風間支店」として統合され、

本店舗は廃止となります。

本年もご愛顧いただき、誠にありがとうございました。』**



---


「…………」


 二度読みした。

 そして、三度読みした。


 意味はわかる。

 しかし“理解したくない”という表情が顔に貼りつく。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。31 日のこのタイミングで……? え、全部止まり? 五日まで? いやいや……俺の年越し……」


 戸隠は額に手を当てた。


「今年最後の取引が、“取引できない”とは……」


 横で老夫婦が同じように困惑していた。


「お父さん、お年玉の用意どうするの……?」

「……知らん。俺だって聞きたい」


 別の若者はスマホで友人に叫んでいる。

「いやマジで、中銀なかぎん死んでんだけど! 現金も下ろせねぇ! 年越せねぇ!」


 ──混乱の渦。

 だが、もっと混乱しているのは戸隠自身だった。


(ちょっと待て……俺、年越しそばすら買えないぞ……)


 とりあえず落ち着こう、と深呼吸したが、吐いた白い息が濃すぎて、落ち着くより寒さを意識してしまう。


 とにもかくにも、戸隠は一度帰宅することにした。



---


■ 帰宅後:家じゅうの小銭を探す男


 帰宅した戸隠は、作業服を脱ぎ捨てるようにコタツに飛び込んだ。

 しかし温まる前に、財布事情が頭をよぎる。


「……こうなったら、家じゅうの小銭を集めるしかない」


 職場ではDEURASを使って方位測定する男が、年末の自宅では硬貨の捜索を始めた。

 “ピッ”という電子音こそしないが、目つきは完全に捜査モードである。


 引き出しを開け、古いカバンを漁り、冬物のコートのポケットを探し、

 棚の裏から去年の合宿のときのレシートと一緒に10円玉が出てくる。


「おお、10円! 10円は偉い!」


 数分後──

 テーブルには小銭が整然と並べられていた。

 職業病で10円玉の裏表を揃えてしまったため、妙に美しい。


「合計……15284円。……よ、よし……これは……これは戦える額だ……!」


 なんとなく戦力ゲージを見ているような気分だった。

 しかし、年越しを含めて五日間。

 ぎりぎりだ。下手をすれば餓死はしないが精神的に枯渇するライン。


「まあ、なんとか……なるだろ」


 その“フラグ”を立てた瞬間、ちょうどタイミングよく、どこからか突風が吹いた。

 戸隠の古い戸建て借家は建物全体がギシギシと鳴り、サッシの隙間からは冷気がスーッと侵入してくる。


 テレビをつけると、ちょうどローカルニュースが始まった。


> 「厳しい寒波が県内を直撃しています。

長野市では本日、**氷点下15.0℃を観測。上田市菅平高原では氷点下29.0℃**と、全国で最も寒い地点となりました──」




「……今なんて?」


 瞬間、戸隠の耳が現実を拒否した。

 もう一度テレビを見る。


> 「県内で最も冷え込んだのは、上田市菅平高原のマイナス29度──」


「……どこのアラスカだよ」


 思わずテレビに向かってツッコミが出る。

 こんな寒さでは、戸隠の可愛い愛車、トヨタ・コムス(自分の中では“タマコムス”と呼んでいる:電動一人乗り)は、たぶん一発でバッテリ性能が低下している。

 下手すると、モーターは覚醒しないか…したとしても、途中てバッテリから規定電圧が取れなくなり止まる…。


(これは……タマコムスで灯油を買いに行くのも危ないな)


 いや、待て。

 灯油は今、タンクの残量が……2リットルほど。

 これは今日・明日で確実に切れる。


「……よし、『豚三ぶたさん』に行って買ってくるか……」


 彼は重い腰を上げた。

 豚三は長野を中心に岐阜、愛知、山梨…そして何故か東京・西国分寺にあるローカルの巨大ホームセンター。

 地元民からは“ぶたさん”と親しみを込めて呼ばれるが、ロゴはゆるい豚キャラと緑の三本線という、なんとも気が抜けたデザインだ。

元々は何処かの戦国大名の家臣だった創業家の先祖である三平太さんが、豚屋という名前で問屋を始めたというのが、社名の由来だそうだ…。


 外に出ると、耳が一瞬で痛くなるほどの寒さ。

 空気が固体のようだ。


「……この気温で灯油買うのって、なんか修行みたいだな」


 コムスのリチウムイオン電池はこの寒さてま非常に気まぐれだった。

 最初にブーンと軽快に音がしたが、次の瞬間「やっぱ無理」と言うようにライトが暗くなった。


「おいおい……やめろよ、今日は頑張ってくれ……!」


 しかし、コムスは頑として動かない。

 寒さに抗えないのは人だけではないらしい。


「仕方ない……徒歩だ」


 戸隠は風に負けぬよう肩をすぼめ、歩き始めた。



---


■ 豚三ホームセンター


 豚三に着くと、店は大晦日とは思えないほど混雑していた。

 年越し用のカニ、餅、掃除用品をカゴに入れた主婦たちが大行進している。


 店内BGMはなぜか信州民謡風のアレンジ曲で、“ぶたさ~ん♪ぶたさ~ん♪”という謎のボーカルが流れていた。


「……なんだこのBGMは。寒波のせいで俺の頭がやられてるのか?」


 灯油売り場へ向かうと、店員がマイクでアナウンスしていた。


> 「灯油の買いだめはご遠慮くださ~い! 一度に買えるのは18リットル1缶までで~す!」


「買いだめじゃねぇよ……必要最低限だよ……」


 しかし、ひとつ問題があった。

 買い物かごに入れようとして気づく。


(……灯油って、小銭で買えるのか?)


 値札を見る。


灯油 1L:118円

18L:2124円


「買える……のか? いや、買えるけど、小銭だけで払うのか……?」


 脳内に、硬貨を数える店員の姿が浮かぶ。

 申し訳なさすぎる。


(よし……今日はやめよう。まだ2リットル残ってるし……これで一晩は……)


 と、いつもの“楽観”が出てしまった。

 あの張り紙を見た直後なのに、人はこうも同じ失敗を繰り返すらしい。


 戸隠は豚三を出た。

 帰り道、再び風が吹いた。


「……寒っ! 寒すぎだろ!」


 鼻毛が凍るんじゃないかと思うほどの冷気。

 今日の長野市は本当に容赦がなかった。



---


■ 大晦日の夜:寒さと予兆


 帰宅してコタツに潜り込むと、少しだけ暖かさが戻ってきた。

 しかし──灯油ストーブの表示を見ると、無情な数字。


『残量:1.8L』


「……まあ、今日はこれでいい。明日はもうちょっと暖かく──なるわけないか」


 テレビでは紅白歌合戦が始まりかけている。

 しかし戸隠はニュースチャンネルに戻す。


 画面には、寒さで凍りついた諏訪湖や、雪で埋もれた軽井沢の様子。


> 「年始にかけて、さらに寒波は強まる見込みです」




「……もうやめてくれ…」


 そんな弱々しい声が漏れた。


 しかし、今日最大の問題はまだ表面化していなかった。

 それは翌日の朝──。



---


■ 深夜、戸隠の寝室


 眠ろうとしても、寒さで体が震える。

 ストーブの灯油は少しずつ減っていき、コタツの温度設定を最大にしても焼け石に水。


「あと五日……いや、正確には今日入れて六日……なんとかなる……なんとか……」


 そう繰り返しながら、薄い布団に潜り込む戸隠。


 そのとき、台所から“コツン……”と小さな音がした。


「……何の音だ?」


 嫌な予感がする。

 しかし今日はもう動きたくない。

 とりあえず、聞かなかったことにして布団を深くかぶった。


 それは──寒波で水道管が凍結しはじめた音だった。


 大晦日の夜は静かに、更に静かに、凍りついていった。

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