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昼行灯にして光るもの 第3話 「鉄の女」と「昼行灯」

 回想のなかで、戸隠が初めて高井佐和と対面したのは、霞が関の総務本省・基幹通信局の一室だった。

 当時、戸隠はまだ監視管理室主任――つまり、係長の下で現場を回していた。

 机の上は、違法無線の受信ログやDEURAS観測データが山のように積まれ、コーヒーの香りが充満している。外では、永田町を吹き抜ける春の風が霞をまとい、桜吹雪がビル街を舞っていた。


 そこに現れたのが、高井佐和総務大臣だった。青いスーツに映える白のブラウス、歩くたびに靴音が硬く響く。だが、その瞳には冷たい合理性ではなく、燃えるような使命感が宿っていた。

 高井の背後には、緊張の面持ちを浮かべた奈良井がついていた。40代、議員秘書になって日も浅い。


 「あなたが……戸隠主任?」

 「はぁ、いかにも。戸隠弘明、電波部監視管理室の昼行灯と呼ばれております」


 軽く頭を下げる戸隠に、高井は眉をひそめる。

 「昼行灯、ね。そんな余裕があるほど、のどかな状況じゃないのよ」

 「ええ、承知の上です。……でも、焦るとノイズが増えます。電波も、人間も」


 その言葉に、高井は一瞬だけ口角を上げた。

 奈良井が差し出した封筒には、「機密」と朱で押された報告書が入っている。そこには、高井事務所の内部から外部へ流れた秘書会議の議事録の一部が、野党側に渡っているという疑いが記されていた。


 「警察では動かせない。党にも言えない。だからあなたに頼むの」

 「……官邸筋が動く前に、証拠を押さえる必要がある、と」

 「ええ。それができなきゃ、安宅総理も私も終わり」


 そのやり取りを聞きながら、奈良井は不安げに戸隠を見ていた。

 「戸隠さん、本当に引き受けてくださるんですか?」

 「奈良井くん、安心せい。こう見えても、昼行灯は夜になると……ちょっとだけ明るいんだ」


 ――そして、調査が始まった。

 戸隠は総務省内のLANトラフィックを洗い、メールのヘッダー解析を行い、通信の微弱な変調の癖を追った。

 やがて浮かび上がったのは、かつて大西議員の部下として働いていた総務官僚。省内端末からの送信時刻は、深夜の三時過ぎ。送信先は民主立憲党の非公開アドレス。


 決定的な証拠を突きつけられたその男は、机に顔を伏せた。

 「……どうせ上が変われば、俺の部署なんて切られるんだ。少しは恩を売っておきたかった」

 「裏切りってやつは、だいたい見返りが安いもんだよ」


 戸隠は淡々と告げ、報告書を封印した。

 結果――情報漏洩は未然に防がれ、安宅総理と高井の政治生命は守られた。


 後日、奈良井が深々と頭を下げてきた。

 「戸隠さん……ありがとうございました。先生も、心から感謝していました」

 「いやいや。昼行灯の明かりでも、たまには役に立つってこった」


 それ以来、高井は戸隠を「信頼できる現場の眼」として覚えていた。

 やがて年月が流れ、彼女が日本初の女性総理大臣となったとき、秘書室に奈良井が呼ばれた。

 「……戸隠弘明を、探してきて」


 ──そして今、長野の片隅で再び鳴った一本の電話。


 戸隠は受話器を置き、湯呑を手に取った。

 「昼行灯には昼行灯なりの生き様があるもんよ」


 窓の外、晩秋の光が優しく差し込んできた。

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