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昼行灯にして光るもの 第一話 一本の電話

 昼下がりの長野総合通信局。

 無線監視室には、いつものように怠けたような静けさが漂っていた。

 DEURASのモニターが一定間隔でピッ、ピッと鳴り、蛍光灯の白い光が職員たちの肩口を照らしている。


 戸隠弘明は、いつものように湯呑みを片手に椅子を少し斜めに傾け、新聞を広げていた。

 眉間の皺が動かない。まるで、新聞よりも湯呑みの湯気を読んでいるかのようだ。


「……戸隠さん、これ、データ整理終わりました」

 島見杏果がプリント束を差し出す。まだ若い技官で、目の奥に負けん気の光を宿している。

「おう、ご苦労さん」

 受け取る声も眠たげだった。


 そのとき、戸隠の机の端にある古びた黒電話が鳴った。

 無線監視室で黒電話が鳴ること自体、もう珍しい。

 杏果が一瞬首を傾げる間に、戸隠はのそのそと受話器を取り上げた。


「――はい、戸隠」

 相手の声を聞くなり、彼の口元がにやりと緩んだ。

「はははっ、冗談は顔だけにしろって! まぁ……高井先生にはよろしく伝えてくれ」


 ガチャン。

 切れた受話器を静かに戻すと、戸隠はなにもなかったように新聞に目を戻した。


 杏果は思わず訊いた。

「今の、どなたからです?」

「ん? ああ……奈良井だよ。同期だ。今は高井佐和の第2秘書やっとる」


 室内の空気が、ぴたりと止まった。

 若手職員の一人がペンを落とし、キーボードの音が途切れる。


「た、たかい……って、あの……」

「そう。“鉄の女”だ。いまの総理大臣、高井佐和先生」

 戸隠はあくまで淡々と、新聞をめくる手を止めなかった。


 杏果は思わず笑いをこらえた。

 この人はいつもそうだ。とんでもないことを、昼食の献立みたいな調子で言う。


「総理大臣の第2秘書から直電、ですか? すごいですね」

「すごくもなんともないよ。奈良井は昔から筆まめでな。たぶん、近況報告のついでだ」

「“はははっ、冗談は顔だけにしろ”って言ってましたけど……」

「ああ、あいつがな。俺に“総理秘書官になれ”とか言い出すもんでよ」


 杏果は思わず息を呑む。

「そ、総理秘書官!? そんな――戸隠さん、本気で断ったんですか?」

「ん。昼行灯には昼行灯なりの生き様があるもんよ」


 その言葉を残して、彼は湯呑みを口に運んだ。

 湯気の向こうで、目がどこか遠くを見ていた。


 杏果は黙って彼の横顔を見た。

 この昼行灯の奥には、きっと誰も知らない光がある。

 ――そんな気がした。


 「……戸隠さん、その奈良井さんって、どんな方なんですか?」

 「学生の頃の同期だ。昔は総務本省にいたとき、一緒に妙な仕事をやったことがあってな」

 「妙な仕事、ですか?」

 「ん。まあ、政治の裏側はどこも電波が飛び交ってるもんさ。……あれは高井先生がまだ総務大臣だったころだ」


 戸隠の目の焦点が、遠く霞が関のほうへと泳いだ。

 昼行灯の光の奥に、過去の微かな残光が灯る。


 ――あの頃の俺は、総務本省・基幹通信局の電波部にいた。

 肩書は監視管理室主任…つまり係長の下だが係員の上。

 つまり、“一番下ではないが下の方の歯車”。

 けれどその歯車が、一つの政権を救う羽目になるとは、あのとき誰も思っていなかった――。

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