昼行灯電波監視官とアイドルと 第1話 「一日局長はアイドル」
十月も末、信州の空気はすっかり冷え込み、長野総合通信局の庁舎の窓から見える街路樹は色づきはじめていた。
そんな朝、戸隠弘明はいつものように机に向かい、報告書に赤ペンを入れていたのだが、廊下のざわめきがやけに耳に入ってきた。普段は役所らしく静かなはずなのに、今日は妙に浮き足立っている。
「なんだぁ、祭りでもあるのか」
と戸隠がつぶやいたところへ、名立一郎が鼻息荒く駆け込んできた。
「戸隠さん! 今日の“イベント”知らないんですか!?」
「イベント?」
「そうですよ、越後テレビとタイアップ企画、『一日長野総合通信局長』! ゲストは――」
名立は両手を広げ、声をひそめてから、急に高らかに叫んだ。
「ドッペル坂16の大山みさきちゃんです!」
「……誰?」
戸隠は素っ気なく返した。
名立は信じられないという顔をした。
「えぇ!? 戸隠さん、本当に知らないんですか!? 新潟を拠点にしてるご当地アイドルで、去年の夏フェスで五千人集めたんですよ! 僕なんて地下時代から追ってて、チェキ券にいくら――」
「はいはい、わかったわかった」
うんざり気味に手を振る戸隠。その様子を横で聞いていた島見杏果は、逆にぽかんと口を開けた。
「えっ……みさき、来るの?」
「お? 杏果ちゃんも知ってるんですか? やっぱり女の子はアイドル詳しいですね!」
名立が嬉しそうに振ると、島見はおずおずと答えた。
「いや……その……中学の時の親友なんだけど」
「はぁぁぁぁ!? マジっすか!」
名立の声が課内に響き渡った。
「え、杏果ちゃんが大山みさきちゃんと繋がってる!? なんてことだ、羨ましすぎる……!」
戸隠は半眼で名立を睨みながら、
「うるせぇ。仕事しろ」
と一言。
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午前十時、正面玄関には越後テレビのクルーと局員たちが並び、赤い絨毯まで敷かれていた。庁舎とは思えない華やかさである。
黒いワンピースに局長用のタスキをかけた大山みさきが笑顔で登場すると、廊下から職員が一斉にスマホを構える。
「やぁ杏果!」
「みさき!」
人目もはばからず抱き合う二人。その光景を見た名立は、胸を押さえてよろめいた。
「尊い……これがリアル“親友エピソード”……」
「お前、今日仕事できねぇな」
戸隠がぼそり。
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歓迎セレモニーの後、大山は局長室で「局長業務」の説明を受け、その後電波監視課電波監視室にて電波監視について説明を受けることになった。
新津課長がいつもの真面目な調子でホワイトボードを前に立つ。
「それでは、大山一日局長。本日は電波監視課の役割についてご説明いたします。我々は国民生活に欠かせない電波の秩序を守るため――」
「課長、テレビカメラが回ってますよ」
と名立が横から口を出す。
「もうちょっとアイドル番組っぽく、キャッチーに!」
「や、やかましい! これは業務説明だ!」
新津課長は真っ赤になりながら続けた。
大山はにこにこと聞いていたが、そのとき――
庁舎の電話が鳴り、島見が受話器を取る。
「はい、長野総合通信局……えっ? 防災無線が聞こえない?」
課内の空気が一気に変わった。
「ただちに対応します!」
島見の声に、新津課長も表情を引き締める。
「戸隠、名立。DEURAS-M6の準備を」
「了解」
テレビクルーが慌ててついてくる。
「え、これリアルの出動? 撮っていいんですか!?」
「どうぞご自由に。ただし邪魔はしないこと」
新津課長が苦い顔で答える。
そんな中、大山が手を挙げた。
「あの……せっかくだし、私も一緒に行ってもいいですか?」
「え、みさき、仕事だよ?」と島見。
「大丈夫! アイドルも現場主義だから!」
名立の顔が真っ赤になる。
「い、一日局長と現場同行……夢みたいだ!」
戸隠はため息をつき、
「……またバラエティみたいになってきたな」
とぼやくのだった。




