有閑閑話『電波監視課とNyaiCoと大家さんと…』
秋の彼岸も過ぎ、夏の空気が少し軽くなった八月末。戸隠弘明の自宅に一本の電話が入った。
「大豆島・落合橋入口の交差点付近で、アマチュア無線433.00MHzの呼出周波数が常時マスキングされているようです」
申告は近隣のアマチュア無線家からだった。庁舎からは距離があるため、臨時の前進拠点として戸隠宅を使うことに決まる。
夕方、名立と島見が機材を抱えて到着。庭先には簡易アンテナ、居間には測定器。質素な戸建て借家の一室が、即席の観測所に変わった。
「……本当に大家さんの許可は取ってあるんですか?」
名立が不安げに訊く。
「まあ、風間さんは顔をしかめていたが、最終的には“人様の迷惑にならないなら”と」
戸隠が答えたちょうどそのとき、廊下からガラリと引き戸が開く。
「まったく、人様の迷惑にならないならって言った覚えはあるけどねぇ。電波の観測所にするとは思わなかったわよ」
買い物帰りの大家・風間市子が、呆れたように言った。
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夜。測定が始まる。
交差点方向を向けたアンテナにノイズが乗る。一定周期で、まるで誰かが意図的に電波を出しているかのようだ。
「面白いですね。住宅街の中で、しかも局所的にマスキング……」
島見が画面を覗き込みながら首をひねる。
そこへ、部屋の隅から「にゃい」と鳴いた声。NyaiCoだ。
戸隠が福引で当ててしまった、PONEYの猫型ロボット。基本的には大人しいが、なぜか電源が入っていた。
「……おい、また勝手に起動したのか」
「NyaiCo、周波数検出モード起動」
ロボットの目が青く光る。
「そんなモード、説明書にあったか?」
「いや、見た覚えないですけど……」
名立と島見が首をかしげる中、NyaiCoは窓辺に移動し、交差点方向をじっと見つめていた。
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数十分後、風間市子がお茶を運んできた。
「どうせなら熱中症で倒れられても困るからね」
そう言って湯呑を並べる姿に、名立と島見は恐縮する。戸隠は「すみません」とだけ答え、画面から目を離さない。
と、そのとき。NyaiCoが突然、軽く尻尾を振った。
「にゃい」
測定器の波形と同じタイミングでノイズが消えたのだ。
「……偶然か?」
戸隠は眉をひそめた。
再びノイズが立ち上がる。NyaiCoがまた鳴く。
風間市子が怪訝そうにロボットを見下ろした。
「アンタ、まさか本当に電波を感じ取ってるんじゃないのかい?」
名立と島見は目を丸くする。
「ロボットにそんな機能……」
「いや、メーカーに確認するまでは断言できないけど」
結局その夜は、NyaiCoの鳴き声が測定の補助になるという、なんとも奇妙な調査となった。
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翌朝、交差点近くで実際に調べてみると、古い監視カメラの電源ユニットから不安定な発振が漏れていることが判明。
原因が取り除かれると、無線家たちの報告も静まった。
調査を終えて帰宅した戸隠に、市子が呆れ半分で言う。
「猫ロボットにまで頼るようじゃ、アンタらの仕事も大変だねぇ」
「……仕事に役立ったのは確かですけどね」
戸隠は静かに答えた。
NyaiCoはちゃっかりちゃぶ台の上に座り、「にゃい」と一声。
それはまるで、「次もよろしく」と言っているようだった。
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― 完 ―




