AirPortEmergency 第1話「グラウンドを這う雑音」
お盆明けの昼下がり、長野市・朝日町庁舎の一角にある長野総合通信局監視課。
室内の空気は相変わらず静かで、薄緑色の蛍光灯がじんわりと机を照らしていた。戸隠弘明は、端末に届いた申告書を見て小さく眉を動かす。
「新潟空港事務所からだ。……グラウンドスタッフ用の無線に、断続的なノイズが入ると」
声に反応して顔を上げたのは、若手の名立。半袖のシャツ姿で、まだ夏の暑さに慣れきれていないのか、襟を指でパタパタさせている。
「空港のグラウンド周波数って、確か150MHz帯でしたっけ? もし本当なら、飛行機の誘導に関わるからヤバいですよね」
「そうだな。航空管制そのものじゃないが、地上支援と連絡が混乱する可能性がある。放置はできん」
戸隠は端的に言った。
名立が椅子をくるりと回し、「現地調査っすね!」とやけに元気よく立ち上がる。
「お前は少し落ち着け。空港は逃げない」
「いや、逃げたら困りますけど!」
室内に軽い笑いが広がるが、申告内容の重さを思えば冗談で済ませることはできない。戸隠は書類をホルダーに挟み、測定器を用意するよう名立に指示した。
---
新潟空港に到着すると、空港事務所の担当者がすぐに出迎えてくれた。
真面目そのもの、といった風貌の中年職員で、眉間には深いしわが刻まれている。
「本当に困っているんです。飛行機の地上走行時に連絡が乱れると、安全性に直結しかねません。今のところ事故はありませんが、いつ大きなトラブルになるか……」
「ご安心ください。必ず原因を突き止めます」
名立が胸を張って答える。だがその横で戸隠は、淡々とノートを広げた。
現場に出ると、確かに時折「ジャッ」という耳障りなノイズが入り込むのが確認できる。雑音自体は短く、持続は一秒もない。だが航空現場では十分に邪魔だった。
測定器を据えて観測を始めると、タイミングに妙な法則性があることに気づく。
ターミナルビル前のロータリーに車が出入りする瞬間に限って、ノイズが強くなるのだ。
「……おい、名立。ロータリーをよく見ろ」
「え? ……あれ、ひまわりタクシーが入ってくるとき、必ずノイズ出てません?」
名立が目を丸くする。
戸隠は黙ってうなずいた。スペアナの波形が、タクシーの車列に合わせてわずかに跳ねる。
「タクシー無線か?」
「周波数は150MHzではなく、450MHz帯。直接の混信じゃない。だが……何か持ち込んでいるのか…それとも無線機のフィルタの故障で、本来の周波数の1/3のスプリアスが出ているのか?にしても、ひまわりタクシーのほぼ全てに??」
空港事務所の職員が、驚いたように二人を見た。
「タクシーが原因、ということですか?」
「まだ断定はできません。ただ――ロータリーに入る車両を重点的に確認する必要がありそうです」
戸隠はノートに静かに書き込み、スペアナを片付け始めた。名立は首をかしげつつ、「まさかタクシーから飛行機に迷惑かけてたなんて……」と半ば呟く。
「電波は目に見えん。だが、嘘はつかない」
そう淡々と告げる戸隠の横顔に、職員は少しだけ安堵の色を浮かべていた。




