大積峠レジャーホテルの謎 第2話 『峠を走る影』
日が落ちかける大積峠の駐車スペースに、測定器を載せたワゴン車がぽつんと停まっていた。
信越総合通信局の調査班は、朝から張り付いているが、決定打を掴めない。
「……まただ」
名立がプリントアウトされたログを指で叩いた。
「音楽放送のドロップアウト、午後の三時に集中してる。峠の交通量と一致してるように見えるんですけど……」
「交通量って言っても、一般車も通りますよね?」
島見が助手席から顔を出す。
後部座席で腕を組んでいた戸隠は、眠たげな目を開いた。
「島見。ちょっと、スペアナ回してみろ」
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ワゴンの荷台にはKeysight製スペクトラムアナライザ が鎮座していた。
つないだ八木アンテナを峠道に向け、数分のデータを連続収録する。
やがて、ゴォォォというエンジン音と共にダンプカーが峠を登っていく。
その瞬間、ディスプレイの高域にピクリと針が跳ねた。
「……おい、今の見たか」
名立の声が低くなる。
「10ギガヘルツ付近が、かすかに揺れてる」
島見が読み取った数値を紙に書き写す。
「しかも、毎回ダンプが通るたびに」
戸隠が目を細めた。
「アマチュア無線のホイップアンテナが付いてるやつに限らんか?」
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再び峠を監視する。
次に来たのは、何のアンテナも立っていないダンプ。
だが、結果は同じだった。
「……揺れた。さっきと同じ波形だ」
島見が記録を見せる。
名立は息を吐いた。
「となると、原因は車両そのものに積まれてる何かですね」
戸隠は額を掻きながら呟いた。
「ホテルの屋根じゃなくて、通行車両についている何かか……。やれやれ」
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調べを進めるうちに、もう一つの共通点が浮かび上がった。
通過するダンプのフロントガラスには、揃いも揃って同じステッカーが貼られていたのだ。
白地に青文字で、こう書かれている。
『国土交通省 長岡河川国道事務所 国道8号大積道路改良工事入構証』
「つまり、みんな同じ現場に出入りしてる下請け業者のダンプってことか」
名立がスマホで検索してみる。
「あぁ…確かにこの先で道路改良工事をやってますね…」
「なら、直接聞いてみるしかないな」
戸隠がのそりと立ち上がった。
「国交省に協力要請だ」
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数日後、長岡市大積のチェーン脱着場。
局からの正式要請を受け、担当官がダンプ数台を敷地内に集めてくれた。
「協力に感謝します。ドライバーの皆さんにも事情を説明してあります」
事務所の担当官は、やや困惑気味に言った。
「いやぁ、私らもよく分からんのですが……、電波ですか?」
「ええ、まあ。その電波が、お宅の協力会社さん経由で洩れてるようでして」
名立が苦笑いで返す。
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そして、戸隠の出番だった。
各ダンプのキャビンを一台ずつ覗き込み、内装に目を走らせる。
やがて、共通点が浮かび上がった。
ダッシュボードに、黒い小型機器が据え付けられていたのだ。
液晶表示とスピーカー穴を持つ、車載アクセサリ。
戸隠は手袋をして一つ取り外し、裏面の型番を確認した。
「……同じだな」
隣で覗き込んでいた名立が唸る。
「全車両、同じメーカー、同じ型番の……」
戸隠が短く言った。
「レーダー探知機、だ」
念の為、スペアナを近づけ、レーダー探知機の電源だけ入れてみたところ、監視車両内で見た波形よりもしっかりとした波形が表示された。
「間違いないな…」
戸隠はつぶやき、名立と島見もその声に頷いた。
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工事車両のほとんどに、速度違反取締用レーダーを感知する機械…いわゆる『レーダー探知機』が装着されていた。
レーダー探知機とはいうが、その実は警察がスピード違反取締に使う10ギガヘルツ帯のドップラーレーダーの電波を受信すると警告音を出す受信機だ。
だがこの機種は、恐らくシールドに甘いところがあったのだろう。受信機内部で作られた中間周波数をそのまま漏らし、その漏れた電波が衛星放送と干渉していたのだ。
「なるほど……これで謎が解けたな」
戸隠は深く息をついた。
「結局、悪さをしてたのは“音楽放送を客室に流したいラブホテル”じゃなく、“捕まりたくないダンプ”ってわけだ」
誰も笑わなかったが、妙に納得する静けさが流れた。
「そ、それで…私どもの協力会社の運転手には…」
長岡河川国道事務所の担当者は戸隠に聞いた…。
「まぁ…製品の不具合が原因で、意図的な妨害の意思はないということで不問とはなりますが、ただメーカーによる対処が決まるまでは電源を入れないようにご友人含めて要請します。と、言うのは電源を入れた途端に受信設備に障害を与える。知っててやった場合の方が悪質であり、処罰対象となる。」
と、戸隠は淡々と答えたあとに
「あ、そうそう。アマチュア無線は仕事の通信はしないように。仕事に関係ないはなしをする分には構いませんが、コールサインは必ず10分に一度は言ってくださいね?どうも、この辺りのダンプの通信の方法が良くなくて…」
と、ダンプの運転手の方を見ながら、目の笑っていない微笑を見せながら話をしたのだった。




