電波と焼肉と、カーブの先で 1「チェック・ポイント」
5/22に実際にツアー・オブ・ジャパン南信州ステージが行われるので、そんなエピソードを。
実際は一週間連続でのレースなので、こんなマッタリはしてないんでしょうけど(笑)
第一編「チェック・ポイント」
南信州・飯田市。
5月下旬の朝、中央道を降りてきたDEURAS-M6は、穏やかな新緑の山々と、まばらな雲が浮かぶ青空を背景に、ゆるやかに国道を南へと滑っていた。飯田市街に近づくにつれ、沿道の焼肉店からは、すでに炭を起こす煙がちらほら見え始めていた。
運転席には坂城悠馬。技術系の国家公務員としては珍しく日焼けした顔に、反射防止のアイウェア。休日には200kmを走るガチのロードバイク乗りだ。
助手席には、事務官の名立達彦が資料を読み込んでおり、後部座席にはサングラスを額に乗せ、首にタオルをかけた中年男が胡坐をかいていた。長野総合通信局・電波監視官、戸隠弘明。昼行灯を地で行くような風貌だが、どこか只者ではない雰囲気を漂わせている。
「で、戸隠さん。今回の出動ってのは、つまり“焼肉と実況と電波”の三題噺ってことでいいんですかね」
坂城が少し砕けた口調で訊ねると、戸隠はうつむいたまま、ぼそりとつぶやいた。
「肉と実況は目に見えるが、電波はそうもいかん。だから我々が来てるんだろう?」
「……は、はい」
坂城は思わず背筋を正した。時折、この男は核心を射る。
「ツアー・オブ・ジャパン 南信州ステージ」前日ミーティング
飯田市役所内・特設大会対策室。
主催の栗山修実行委員長が、資料を手に説明を進めていた。隣には、CSスポーツチャンネルの実況担当として招かれた声優・野嶋裕史の姿もある。
「明日は、下久堅小前スタートで、アップダウンの激しい12kmを10周。地元の焼肉文化もあって、沿道の観客は例によって、炭火片手に応援します」
「それで選手がカーブを曲がり損なったことがあるとか」
野嶋が冗談交じりに言うと、栗山は苦笑した。
「実際、過去に1人、肉の煙で視界を失いかけてスリップしてます。まあ、それも含めて“南信州らしさ”というわけで」
ここで、戸隠が笑いつつ話し出した。
「焼肉の匂いの立ちこめるコース。それは選手には拷問ですな……しかし煙より怖いのが、無許可の電波ってわけですな。特に海外からの持ち込み。大会中に機材の誤作動でも起きたら──」
会議室の空気が一瞬、張り詰める。
栗山はうなずいた。
「そのために、長野総合通信局からお越しいただいたと聞いております。正直、頼もしい限りです」
夜・ホテルあかつき 岩盤浴室
飯田駅近くのビジネスホテルあかつきは、地方ビジホとしては珍しく岩盤浴施設を備えている。戸隠と坂城は作戦会議(を名目とした汗流し)中だった。
「……ろんぐらいだぁす!から入って、今はBRM200とか走ってるんですよ」
坂城が岩盤の上で嬉しそうに語っている。
「そこは野嶋さんの出てた弱者ペダルじゃねーのかよ!ロードバイクの話かと思えば、アニメの話になっとる」
戸隠はうっすら汗をにじませながら、目を閉じる。
「でも本当に面白いんですって。電波も、道具と情報と意志が合わさって走る世界なんですよ。ほら、見てください」
坂城はタブレット端末を広げ、試走日の波形データを示す。
「14時台に、申請されてない周波数に、断続的な送信があります。内容はデジタル化されてて解読不能ですが……VHF帯域です。これは違反の可能性があります」
「……明日は、違反者が“勝ちに来てる”かどうか、見極めよう」
戸隠は、天井を見つめながら答えた。その脳裏には、笹原弘子の歌声が静かに流れていた。