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【有閑閑話】『綿内さんとアンテナの陰謀』

1.草むしりとカエルと


梅雨の合間、日曜の午前。

珍しく青空が広がった。


戸隠弘明、五十歳。長野総合通信局の電波監視官。引っ越してきて間もない、長野市大豆島の平屋借家で、朝から草むしりに精を出していた。


「……このあたり、カエル多すぎじゃないか?」


四方を田んぼに囲まれた新居は、夜な夜なゲコゲコと不協和音を奏でるカエルたちの合唱団に占拠されていた。今朝も、草むらの中からいきなり飛び出したアマガエルが足元をすり抜け、思わず尻餅をついたばかりだ。


背後から声がかかる。


「戸隠さーん、ちょっといいですかー?」


戸隠が振り向くと、家主の風間市子が、麦わら帽子とサンダル姿でやって来た。風間神社の宮司の親戚らしく、涼しげな顔立ちが朝の光に映えていた。


「こんにちは。草むしり、暑そうですね」


「おはようございます。心頭滅却しても暑いものは暑いです」


「えっと、ちょっとご相談なんですけど……近所の綿内さんの家、テレビが映らないって困ってるみたいで。『電波が止まった! 官製陰謀だ!』って怒鳴ってて……」


戸隠の眉がぴくりと動いた。


「陰謀はだいたい、アンテナ自体が壊れているかアンテナ線の劣化かB-CASカードの抜き差しです」



2.綿内邸のミステリー

綿内清太郎、八十六歳。元自衛隊通信兵、現在は年金生活者。頑固で声がでかい。

戸隠が訪ねると、すでに縁側に仁王立ち。


「おお! 電波の男来たな! おれは何もしてねえ! テレビが勝手に沈黙した!」


「それは不審船みたいな言い方ですけど、了解。拝見します」


室内に通され、戸隠はテレビ周辺の配線を点検する。


「……これは、なかなかの……昭和レトロ構成ですね」


アンテナ線は200Ωフィーダねじ止め式。分配器には“平成8年製”と書かれたシール。さらに、コンセントには二股タップに延長コードが三つ連結されていた。


「綿内さん、これ、フィーダからノイズが出てます。それに、入力ソースがビデオになってます。これ地デジに戻すと——ほら」


テレビに、突然再生された『大相撲名古屋場所ダイジェスト』。静寂。


「……うぉぉぉぉぉぉい!」


綿内さん、感極まって叫ぶ。


「テレビが戻った……ありがとう戸隠さん! やっぱり自衛隊より総務省だな!」


「それはたぶん日本で一番レアな発言です」


3.陰謀とビタミンチクワ

帰りがけ、戸隠と市子は門前で話し込む。


「実は綿内さん、昨日テレビのリモコンを落として、『踏んでも壊れない! やっぱりマネシタ製!』って自慢してたらしいです」


「なるほど。リモコンの物理耐久性と誤操作リスクは相関しますからね」


「戸隠さん、いちいち言い方がマニアックなんですよ……」


帰宅後、戸隠は庭に七輪を出し、クサヤを焼く準備に入る。


日が暮れるころ、缶ビール片手に七輪の前に座る戸隠。

鼻歌で『天気予報の恋人』のエンディング曲(笹原弘子)を口ずさみながら、クサヤを炙る。


——ジュウゥッ……!


立ち上がる匂いに、通りすがりのカエルも一瞬黙った。


市子が顔を出す。


「クサヤですか? …いや、聞いた私が悪かったです。…晩酌、付き合いません?」


「じゃあ、サバ味噌缶とビタミンチクワも足しましょうか」


「テレビのことはともかく、戸隠さんのセンス、だんだんクセになりますね」


遠くで再び始まる、カエルの大合唱。


戸隠は、ビールをあおりながらつぶやいた。


「ま、電波が混信するより、ご近所付き合いのほうが、ややこしいんですけどね…」



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