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空と線路が鳴いている ed『雨あがりの静寂』
エピローグ 雨あがりの静寂
あの騒ぎから一週間。
雨が上がった夕暮れ、大豆島の田園地帯には水が張られ、逆さになった空が揺れていた。カエルの鳴き声は相変わらず響いているが、不思議と不快には感じなかった。
戸隠弘明は、庭の畑でキュウリの支柱を直していた。
手を止めて見上げると、電線の向こうに低く赤い夕日が差し込んでいる。
「……騒がしい割に、静かな町だよ」
独り言に返事はなかったが、隣の庭先では風間市子が物干し台に洗濯物をかけている。
軽く手を挙げると、彼女もにっこりと笑って頷いた。
夕飯は、採れたてのインゲンとナスで揚げびたしでも作るか。
炊きたての白飯と、七輪で焼いたアジの干物。ビールは冷蔵庫に1本だけ。
事件もない、無線も静か。
でも、それが一番ありがたい。
その夜。
蚊取り線香の匂いが残る縁側で、戸隠は湯上がりの一杯を飲み干した。
「明日も何かあるかな……いや、ない方がいいか」
虫の音とカエルの合唱に包まれて、戸隠の平穏な夜が、静かに更けていった。




