空と線路が鳴いている5『調整と修復』
第5章 調整と修復
午前9時。分厚い雲の隙間から一瞬だけ陽が差し、アスファルトの濡れた路面が鈍く光った。
長野総合通信局・電波監視課の一室では、戸隠弘明がコーヒーをすすりながら電話機の前に座っていた。
「……はい。事業者側には説明済みです。無線通信障害の原因が、御社の設備からのスプリアス波であることは、計測と観測で確認されました」
相手は、太陽光発電システムを設置した株式会社エネステージ長野支店の担当者。
戸隠の言葉に、電話の向こうから困惑混じりの声が返る。
「しかし、当社の施工マニュアルではそういった不具合は……」
「マニュアルに書いてなくても、実際に発生しているんですよ、インバータノイズが。しかも広範囲の周波数にかぶってます。これは軽微な不具合とは言えません。運行中の鉄道の通信に影響を与えた事実がある以上、対処していただきます」
その語気に、電話の向こうは沈黙した。
戸隠は軽く咳払いをして付け加えた。
「もちろん、当局としても改善計画の提出と、再発防止措置の確認で対応を進めます。電波法違反に問う前に、事業者としての誠意をお見せください。これは行政指導です。」
通話が終わると、隣で控えていた名立が頷いた。
「相手も観念したようですね」
「まあ、証拠は揃ってるしな。逃げようがない」
その頃、長野電鉄の上条無線通信課長と、しなの鉄道の戸倉通信指令室長にも報告が行き、安堵の声が返ってきた。
「まさか太陽光パネルが犯人だったとは……。ありがとうございました。これで運行も安心です」
「再発しないよう願いたいですが、万が一のときはまたお願いしますよ、戸隠さん」
「ええ、無線の平和は我々の仕事ですから」
数日後、当該アパートの太陽光システムは一時的に運用を停止し、インバータの改修とシールド工事が施された。DEURASでの再観測では、異常な電気的雑音は完全に消失していた。
報告書の提出を終え、書類の山を机に置いたまま、戸隠は腕を伸ばして伸びをした。
「これで……ようやく、ゆっくり風呂に入れるなぁ…。」
その夜。
『あったか苑』の大浴場。雨上がりの庭園露天風呂で、戸隠は湯に肩まで浸かっていた。
周囲には、しっとりと濡れた石灯籠と、湯気のなかに揺れる木の葉。
湯の香りと静けさに包まれ、ふっと鼻歌がこぼれた。
あったか苑から帰宅すると、自宅の庭では近所の風間市子が七輪を持ち込んで、クサヤを炙っていた。
「なんで、居るんですか?大家さん。」
「ああ、おかえりなさい。戸隠さん、もう少ししたら焼けますよ。ビールもあるけど……飲みます?」
「…いただこう」
湯上がりに、冷えたジョッキと黄金の泡。
ひとくち飲んで、戸隠はぽつりとつぶやいた。
「……やっぱり、田舎はいいな。騒がしいけど、落ち着く」
「それ、カエルの鳴き声のことですか?」
「うん……あれがないと、逆に眠れなくなりそうでさ」
二人の笑い声が、夜の空気にほどけて消えていった。




