空と線路が鳴いている3『調査開始』
第3章 調査開始
空が完全に落ちる前の、最も薄暗い時間。戸隠たちのDEURAS-M6は、住宅街の細道に入り込んでいた。
周囲は新興のアパート群と、古くからの住宅が混在する地域。件のアパートは、その中でもひときわ背が高く、屋上にはずらりと太陽光パネルと、異様に大きな室外機のような装置が並んでいた。
「この建物です」
島見が端末を指差す。
「信濃吉田駅から直線で300メートル。北長野駅とも800メートル以内です。両方のノイズ地点とほぼ中間に位置しています」
「DEURASで電界強度測ってみよう。400MHz帯と151MHz帯、両方」
名立が素早くアンテナと方向測定装置をセットする。画面に、不規則で断続的なスパイク状の波形が現れた。
「400MHz帯、ノイズピーク検出……! 午後5時22分」
「151MHz帯も、微弱だけど干渉してる。指向性見ると……」
名立がアンテナを回すと、二つのピークがどちらもアパートの屋上方向に集中していた。
「……これは、インバータノイズのパターンに近いな。しかも二次放射じゃなくて、直接放射してる可能性がある」
戸隠がつぶやく。
「機器のシールドが壊れてるか、設置不良か、あるいは何か特殊な……」
「インバータ、ですか?」島見が訊く。
「太陽光発電装置には、直流を交流に変える『パワーコンディショナー』ってのが必ず付く。それが劣化すると、意図せず無線帯域にノイズを吐くことがある。しかも、悪いことに、それがAM帯じゃなくてVHF帯まで到達することもある」
「でも、それって普通はCISPRの基準に……」
「壊れていれば、CISPRなんて関係ない」
戸隠が、普段とは違う厳しい声で言った。
「夜間にノイズが出ないのは、太陽光が出力しないからだな。朝夕は、パネルが微妙に稼働してる時間。パワーコンディショナーのインバータが蓄電システムへの充電や売電のために定格電圧を作り出そうとがんばっちゃう。そして、それがノイズになることがよくある」
「じゃあ……次の朝が狙い目ですか?」
「いや、あの屋上にある“向きの変わるアンテナ”が気になる。あれが原因なら、今夜も動く可能性がある」
「どうします?」
島見が問う。
戸隠はポケットから、使い慣れた野帳を取り出す。
「明朝にもう一度ここで計測する。ただし、今夜のうちにあのアパートの所有者情報を法務局で取っておいてくれ。変な団体が絡んでないか調べたい」
名立と島見が頷いた。
雨はやや弱くなったが、空気はずっと重く湿っていた。
夕食を諦め、酒も諦め、戸隠は機材と向き合いながら、小さくつぶやく。
「電波は正直だ。嘘はつかねえ。ただ、出所が黙ってるだけだ」
ノイズの正体を追って、次の朝が静かに迫る。
CISPR…国際無線障害特別委員会のことで、無線周波数の妨害を抑制し、国際貿易を促進するために設立された国際電気標準会議(IEC)の特別委員会。無線通信機器や家電製品などから発生する電波が、他の機器に干渉しないようにするための基準を定めている。




